鹿島美術研究 年報第27号別冊(2010)
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■ スコルツィアータ作品とカラヴァッジョの絵はおおむね鏡像関係にある。そのため、スコルツィアータ作品の着想源となったのがカラヴァッジョの絵そのものではなく、版画であった可能性も考慮しなければならない。だが、現時点では、その可能性は低いといえるだろう。なぜなら、概して数多くの版画が生み出されたカラヴァッジョ作品にとって例外的に、この絵に関しては版画が1点も発見されていないからである(A. Moir, Caravaggio and His Copyists, New York1976, p. 98を参照)。 ところで、このカラヴァッジョの絵もまた、棒状の杖や角の生えた羊の存在から明らかなように、洗礼者聖ヨハネを扱った美術作品として極めて特殊なものといわざるをえない。この特異性は17世紀前半に既に認識されていたらしく、そのことは例えば、当時の画家ジュゼッペ・ヴェルミリオがこの絵の改作を制作した際、杖の形を棒状から十字架状に変え、さらに角の生えた羊を角のない子羊に置き換えたという事実から裏づけられる(F. Cavalieri, “GiuseppeVermiglio e il San Giovanni Borghese di Caravaggio”, Nuovi Studi. Rivista di arte antica e moderna, 2,1997, pp. 53−57; V. von Rosen, “Ambiguità intenzionale: l’Ignudo nella Pinacoteca Capitolina e altreraffigurazioni del San Giovanni Battista di Caravaggio e dei “Caravaggisti””, Caravaggio e il suoambiente: Ricerche e interpretazioni, a cura di S. Ebert-Schifferer, J. Kliemann, V. von Rosen, L. Sickel, Milano 2007, p. 69, figg.12, 13)。かくも特殊なカラヴァッジョの絵がいかなる背景の中で生み出されたのか、あるいはどのような意味を持っていたのかについては、以下の文献で議論されている。C. E. Gilbert, Caravaggio and his two cardinals, University Park, Pennsylvania 1995, pp. 20−34;宮下、前掲書、178〜202頁;拙論「ローマ、ボルゲーゼ美術館収蔵のカラヴァッジョ作《洗礼者聖ヨハネ》の図像解釈(試論)」『藝術文化研究』第10号、2006年、215〜236頁。― 87 ―■ なお、バッティステッロと同じくカラヴァッジョの作品群から強い刺激を受けた、17世紀前半のナポリの画家カルロ・セッリットもまた、棒状のアシの杖を持つ洗礼者聖ヨハネの絵を制作している(Cat. mostra, Sulle orme di Caravaggio tra Roma e la Sicilia, Venezia 2001, pp. 174−175,fig.34)。これもまた、おそらくはカラヴァッジョの《洗礼者聖ヨハネ》の影響によるものであろう。そして、同じカラヴァッジョの絵をローマで目にしたと思われる画家バルトロメオ・マンフレーディも、やはり洗礼者聖ヨハネを扱った自身の絵に棒状のアシの杖を表した(Cat.mostra, Darkness & Light: Caravaggio & his world, Sydney 2003, pp. 150−151, fig.36)。■ Stoughton, op.cit., pp. 24−25.■ Stoughton, op.cit., pp. 21−22.■ Stoughton, op.cit., p. 19.■ Stoughton, op.cit., p. 19.■ これは、他の美術家のモチーフを模倣する際に借用関係が見抜かれないよう留意することを説く同時代のイタリアの芸術理論に従った態度といえる(関連するジョヴァン・バッティスタ・アルメニーニやヴィンチェンツォ・ダンティらの見解に関しては、F. H. Jacobs, “Vasari’s Visionof the History of Painting: Frescoes in the Casa Vasari, Florence”, Art Bulletin, 66, 1984, pp. 411−412を参照)。それでも、このバッティステッロの徹底した態度は特筆に値しよう。なぜなら、よく知られるように、実際の制作においては、他の美術家のモチーフを直接的に模すことは当時かなり頻繁に行なわれており、それはナポリにおいても例外ではなかったからである。1つだけ例を挙げると、バッティステッロと同時代にナポリで活躍し、カラヴァッジョ作品から大きな73〜98頁。さらに、この絵の主題をめぐる最近の論考として、高橋健一「カラヴァッジョの《Pastor friso(sic)》のために」『美術史論集』第7号、2007年、115〜127頁。

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