4.タイ同時代資料との図像比較先行研究においてポスト・バイヨン様式とウートン、ハリプンチャイ様式との類似性が指摘されていたことは既に述べたとおりである。本章ではその点について検証を行うとともに、タイ国内におけるその他の同時代資料についても比較検討を行い、ポスト・バイヨン様式との関係性を検討する。対象となるのは、ウートン、ハリプンチャイ、ロッブリー、スコータイ、アユタヤの5様式である。4−1.ハリプンチャイハリプンチャイ王国は12世紀から13世紀にかけて北部タイに興った王国である。現在のランプーン市にその中心があり、ワット・クー・クット、ワット・プラ・タート・ハリプンチャイなどの寺院が市内に点在している。― 100 ―たな図像は突如内部発生的に興る図像ではない。おそらく上座部仏教の影響を受けて成立したと考えられるが、いつ、どこからの影響を受けたのであろうか。先行研究において予てから指摘されていたタイの同時代に属する様式について検討する。ワット・クー・クットにある2塔のチェディは12世紀から13世紀頃の建立とされる。ラッタナ・チェディと呼ばれる平面が八角形を呈すレンガ造チェディの8面全ての壁龕にはテラコッタ製の仏陀立像が造り出されている。仏陀立像は通肩で施無畏印を表す。チェディ・クークット〔図10〕と呼ばれる平面が四角形を呈した5層構造のレンガ造チェディには1面につき3つの壁龕があり、それぞれに仏陀立像が表されている。合計すると60体もの仏陀立像が彫り出され、その殆どが右手を胸前に添えるタイプである〔図11〕。このようなハリプンチャイ様式のチェディはスリランカにあるサトマハル・プラサーダ(12世紀頃)という寺院の仏塔の影響を受けたとも言われている。この右手を胸前に添える仏陀立像はポスト・バイヨン様式と共通している。ワット・プラ・タート・ハリプンチャイにも壁龕に右手を胸前に添えるタイプの仏陀立像を伴うレンガ造チェディが1塔残っている。4−2.ウートンタイ中央部においてクメールが撤退した後の13世紀から15世紀にかけて造られた彫刻をウートン様式と呼び、ウートン様式は大きく3つに分類される。初期ウートン様式はクメールのバイヨン様式の影響を残すもので、肉髻上には蓮の蕾または宝珠をかたどった頂飾をもつ〔図13〕。中期ウートン様式はクメールのポスト・バイヨン期と関係が深いといわれ、スコータイ様式のラッサミーを肉髻上にもつ〔図14〕。後期ウートン様式はスコータイの影響がより濃厚にみられるものとされる
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