鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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― 102 ―れ、仏陀像が多く残されている。アユタヤ様式の中でも初期のものはウートン様式の影響をよく残している〔図20〕。スコータイ併合後はスコータイ様式の影響を強く受けた仏陀像が多く製作され〔図21〕、後期になると次第に形式化・装飾化が進展する。4−6.ポスト・バイヨン期、タイ同時代資料にみられる図像の比較前述のとおり、ポスト・バイヨン期と同時代のタイにおける表現形式には多くの共通項があるが、相違点も多い。〔表1〕はその主な特徴をまとめたものである。ポスト・バイヨン期彫刻の表現形式を事項別に比較し、タイとの相違を検討したい。ポスト・バイヨン期との共通事項数を見ると、ハリプンチャイ6項、ウートン(中期)8項、ロッブリー5項、スコータイ5項、アユタヤ5項となる。共通事項数から見ると、中期ウートン様式とポスト・バイヨン様式との共通した図像表現の多さが際立つことが明らかとなった。ハリプンチャイ様式とも特徴的な事項において共通性が高いことが確認された。仏陀立像における右手を胸前に添える表現や肉髻上の火焔状装飾の表現が他の様式に比べてより類似性が高い形式を備えているといえる〔図12〕。一方、通肩である点は、前代までのドヴァラヴァティー時代の影響を残したものと考えられる。タイにおけるクメール美術であるロッブリー様式には右手を胸前に添える仏陀立像がみられるが、掌に花文を施している点はポスト・バイヨン期には見られない特徴である。また肉髻上には火焔状装飾ではなく、蓮の蕾をかたどったものが載っており、この点はむしろバイヨン様式の特徴をよく残した表現形式であるとも言えるのではないだろうか。アユタヤ様式に関しては、年代がポスト・バイヨン期末期に当たることもあり、共通項が少ないといえる。アンコール王朝はアユタヤの侵攻によって崩壊に陥ったが、ポスト・アンコール様式の仏像にはアユタヤ様式の影響を感じさせる仏像が数多く残っている。一方、スコータイ様式は年代的にはほぼポスト・バイヨン様式と同時期であり、碑文から見てもスコータイ様式にはクメールの影響が色濃く残っていてもよさそうである。しかし、現在スコータイの各遺跡や博物館所蔵のスコータイ様式といわれる仏像には、ポスト・バイヨン様式とは異なる作風の仏像が多いように窺われる。スコータイ様式と呼ばれる仏像は触地印で半跏趺坐である点は共通しているものの、卵型の顔立ち、弓を張ったような眉、末端に襞状装飾を伴うサンカーティ、流れるような曲線美が特徴的であり、これらの特徴はポスト・バイヨン様式には見られない。あくまで推論の域を出ないが、スリランカから伝来した上座部仏教とともに仏像様式も色濃く

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