― 113 ―とを示すわけではない。「四季花木図屏風」の2本の松を注視すると〔図3〕、上述したように、右の松は左のそれより丈高く、画面を突き抜け、幹の色は黒みがかった茶色を呈している。これに対して、左の松は横広がりで、幹は赤みがかった茶色である。つまり、右はクロマツを、左はアカマツを表しているのではないだろうか。前述したように、奈良時代から庭園にはクロマツとアカマツが植えられていたから、このような描き分けは、手入れの行き届いた園庭を表す格好の表現であっただろう。だがここにはさらなる意味を見ることが可能である。クロマツは雄松、アカマツは雌松とも呼ばれ、かつて松には雌雄があるとされた(注17)。日葡辞書に「雄松、雌松」が載るところから、そのような呼称は少なくとも16世紀には遡る(注18)。ところで15世紀半ばから発展したとされる花伝書中には、これと関連した興味深い記述が見いだせる。永正3年(1506)に相伝されたとする『道閑花伝書』には、婿取、嫁取の花は、「真(中心の枝)には、松、梅の2本を同高さに、あひ(相)生の心にーーー可指」とある。また享禄3年(1530)相伝の『専応花伝書』には「婿取嫁取ニハ、合セ真(真を2本合せて、拵えた立花)ヲ可用也。同ジ長ケニ、松ニ松共竹共ーーー」と記される(注19)。松に松以外の、梅や竹を組み合わせても良いようだが、いずれも2本の木を並べて(相生)指すということは、その視覚効果が、「四季花木図屏風」の2本の松に共通する要素として注目される。また「相生」は世阿弥による夢幻能『高砂』に繰り返される言葉であり、相生の松は夫婦の松、またこの演目は松寿千年と偕老同穴を祝福する内容を持つことが想起される。すなわち「四季花木図屏風」の2本の松は、当時の人々に、『高砂』に繋がるような、夫婦の長寿と円満を寿ぐ吉祥的イメージを感知させたのではないだろうか。ところで「四季花木図屏風」の松にこのような意味性を見出しても、それは古代から継承されてきた松・竹・梅のイメージ─神仙性・吉祥性・風流─と何ら抵触するところはない。そして歳寒三友のイメージの付加は、さらに当屏風に良き趣向─変わらぬ真心という─を与えることとなっただろう。以上の諸点から、「四季花木図屏風」の松・竹・梅の発するメッセージは、単に伝統的なイメージのそれではなく、歳寒三友という15世紀前半の目新しいイメージを含みつつ、かつ祝言─古代から松と梅が喚起した恋のイメージと、また花伝書との類似性を重視するなら、恐らくは婚姻と関連した─との関わりを持ったものではないかと推定するに至った。今後は、画面に描かれた他のモティーフについて考察を進め、以上の推定を検証し
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