鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1.大津絵の概略本論に入る前にまず大津絵の概略について簡単に触れておきたい(注3)。大津絵― 118 ―⑫ 大津絵再考─近世絵画史における大津絵の位置づけ─研 究 者:関西大学大学院 文学研究科 博士課程後期課程  谿   季 江はじめに近世から今日までの日本美術史を概観すると、「藤娘」〔図1〕や「鬼の念仏」〔図2〕といった大津絵をモチーフとした作品をしばしば目にすることがある。こうした作例は彫刻や工芸品など多岐にわたるが、中でも近世絵画史においてその傾向が顕著である。具体的には窪俊満(1757−1820)、北尾政演(1761−1816)、河鍋暁斎(1831−1889)ら浮世絵師をはじめ、円山応挙(1733−1795)、松村呉春(1752−1811)、森一鳳(1798−1872)などの円山・四条派画家、池大雅(1723−1776)、与謝蕪村(1716−1783)などの文人画家、中村芳中(生年不詳−1819)、神坂雪佳(1866−1942)などの琳派画家、そして久隅守景(生没年不詳)、鶴沢探索(生年不詳−1797)などの狩野派画家といったように、実に様々な流派の画家が大津絵に着想を得た作品を残している。このことから、同時代に活躍した専門画家は、少なからず大津絵に関心を抱いていたと言えるだろう。しかし、これまでの大津絵研究は、民藝運動の主導者であった柳宗悦(1889−1961)の大津絵論を中心に展開してきたことから、民藝(民衆的工藝)の一つとして大津絵をとらえる見方が主流であり、専門画家の視点からみた大津絵については十分な議論がなされていない。筆者が記憶する限りでは、2001年に『国華』において大津絵特集号(注1)が組まれ、小林忠氏や河野元昭氏らにより近世画家が描いた大津絵が数点紹介された。その後、2006年に「大津絵の世界 ユーモアと風刺のキャラクター」展が大津市歴史博物館において開催され、専門画家による我流の大津絵が展開された程度に留まる(注2)。そこで本稿は、大津絵に着想を得て制作された作品をいくつか紹介し、それらの分析を通して、近世社会において大津絵がどのようにみなされ、どのように評価されていたかを考察する。また、当時の随筆集や画論書などを参照することにより、近世絵画史における大津絵の位置づけを明らかにする。なお、本稿では作例が多く確認できた江戸時代中後期に主な焦点をあてることとする。

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