2.池大雅筆「瀟湘勝概図屏風」における四季表現と八景の位置「瀟湘勝概図屏風」(個人蔵、重要文化財)〔図1〕には、縦84.1cm×横299.2cmという比較的低い横長の大画面に洞庭湖周辺の広大な景観が一望できるように収められている。とりわけ目を惹くのが、画面中央に突き出た岬で、陽光を浴びてきらきらと葉を揺らす柳の巨樹であり、緑・黄・藍・代赭など様々な色の点描によって表された葉のさざ波は、スーラなど後期印象派の点描と比較されて論じられることもあった〔図2〕(注6)。柳の巨樹の左奥には、酒旗をかかげた店が小さく配されることから、山市晴嵐を示す所と解される。中世の障屏画では、右隻の右方に山岳を配して盛り上げ、山市の賑わいを表す山市晴嵐とすることが多く、画面中央を盛り上げて柳で見せ場を創る構成は大雅独自のものといわれてきた。さらに、風に揺れる柳の描写に関して、「きらめく夏の陽光を、風になびく柳の木の葉の色の波によって表そうとした」(小林忠『水墨画の巨匠 第十一巻 大雅』)とあるように、画面全体の構成は四季山水としても認識されてきた。柳の下の四阿には、八景の主題にあてはまりそうもない紅葉が一枝描かれており、鮮やかな朱色の点描が墨と藍色の点描に交じって浮かび上がっている〔図3〕(注7)。このように小さな色点の集まりなどの筆墨の高い技術によって、四季の変化が繊細に表されていることが本屏風の最大の魅力といえる。― 142 ―の一端を明らかにする。また、こうした多様な色彩に加えて注目されてきたのが、柳の巨樹を中心に楕円状にめぐるゆるやかな円環構図である。小林忠氏は、前掲書において「画面中央に突き出た岬を起点として右回りのダイナミックな円環構図を作る。おおらかでたくましい動勢が画面の全局に響き渡って、空しくゆるんだ部分が少しもない。」とこの円環構図に動勢を観察している(注8)。また、近年では安永拓世氏は、「鑑賞者は、画面中央のまぶしいほどの柳の点描に誘われ、屏風を楕円状にめぐるゆるやかな円環構図を目で追う過程で、八景のモチーフを発見していったのかもしれない」と鑑賞者の視線誘導にも着目している(注9)。安永氏の指摘にあるように、柳の葉の点描の背景に広がるゆるやかなカーブの中に八景のモチーフが小さく点在しており、鑑賞者は湖岸を目で辿るうちに、山水に見え隠れする八景のモチーフを発見できるようになっている。このように、本屏風には、四季山水の箱庭に宝石の如く八景のモチーフが散りばめられており、瀟湘八景図というよりも、鑑賞者に四季折々の変化に溢れた瀟湘地方の観光を疑似体験させているように見受けられるのである。さて、このように、本屏風は、彩色・構成・構図の点で中世から近世にかけての障
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