鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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注⑴ 池田寿子「瀟湘八景図の調査研究」『鹿島美術研究』年報第13号別冊、鹿島美術財団、1996年、⑵ 大雅27歳作の「瀟湘八景図巻」(焼失)、30代初期の「瀟湘八景画帖」(出光美術館蔵)、40代の「瀟湘勝概図屏風」(個人蔵)、「瀟湘八景図屏風」(個人蔵)、「瀟湘八景図」(出光美術館蔵)、晩年の作として「東山清音帖」(個人蔵)。⑷ 島田修二郎「宋迪と瀟湘八景」『南画鑑賞』10−4、南画鑑賞会、1941年、45頁−61頁。⑸ 渡辺明義『瀟湘八景図 日本の美術9』、至文堂、1996年。また、四季表現にはふれられていないが、大雅の八景図の情景が近世に流行した八景の漢詩和歌を載せる『瀟湘八景詩歌鈔』に影響を受けている点が、大川葉子『池大雅筆「東山清音帖」について』(『フィロカリア』大阪大学大学院文学研究科 芸術学・芸術史講座、2000年、51頁−86頁)に指摘されている。⑹ 柳亮「大雅の點」『南画研究 池大雅特輯7』第1巻第7号、中央公論美術出版、1957年9月、1頁−2頁。⑻ 小林注⑹前掲書、85頁。⑼ 安永注⑺前掲書、156頁。⑽ 鈴木廣之「瀟湘八景の受容と再生産─十五世紀を中心とした絵画の場─」『美術研究』358、東― 148 ―⑶ 「全体の景観の配置や中央を盛り上げた構成は大雅独自のものであり、室町時代障屏画の構成から完全に縁を切っている。」(渡辺明義『瀟湘八景図 日本の美術9』、至文堂、1996年、14頁)  小林忠『水墨画の巨匠 第11巻 大雅』、講談社、1994年、85−86頁。⑺ 安永拓世氏も本屏風の魅力を目のくらむような淡彩の美しさにあるとした上で、瀟湘八景の主題にはあてはまりそうもない柳や四阿、紅葉、四阿に向かうらしき高士や童子などのモチーフが印象的に描かれていることに注目している。(安永拓世『野呂介石─紀州の豊かな山水を描く─』和歌山県立博物館、2009年、156頁。)京文化財研究所、1993年、299頁−319頁。寄って絶景を楽しんだ場所であった可能性もあり、鑑賞者である孝軒に臥遊を促すモチーフであったと見ることもできる。そして、「瀟湘勝概図屏風」においても、高台の四阿に向かう高士と琴を抱く侍童〔図13〕は、鑑賞者が画中の人物に自己を投影させて臥遊し、高台で湖の絶景を楽しみながら紅葉の下で琴をひく気分を与えている。大雅は「洞庭赤壁図巻」(ニューオータニ美術館蔵、重要文化財)を制作する際、琵琶湖に遊び実際に水面を見て描いた(桑山玉洲『絵事鄙言』、注17)と伝えられているように、想像上の中国の名勝図を描く際にも実際の景色に学ぶことを大切にしていた。以上のことから、「瀟湘勝概図屏風」には、「四季山水図」制作で磨かれた時間の詩的な描写表現と、「比叡山真景図」の制作過程における風景の実体験の成果が、独特の彩色・構成・構図に見事に結実しているといえる。瀟湘八景という主題は、古典的であっても光や気象、音の変化に導かれながら鑑賞者の臥遊を促す新しい名勝図に取り組む大雅にとっては、創造性を十分に発揮できる好画題であったのである。521頁−535頁

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