― 154 ―ブール兄弟の写本挿絵〔図2〕や、ヤン・ファン・エイクのコピーが残る「アウグストゥスの幻視」〔表:1〕(注5)では、上部に聖母子、下部に巫女と皇帝がそれぞれ表わされるが、登場人物の構成や関連する題材の選択には、『人間救済の鑑』との強い関連が認められる(注6)。『人間救済の鑑』では聖書の主題と予型が示されるが、それはロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1440〜50年代半ばに制作した《ブラーデリンの祭壇画》〔図3〕の着想源ともなったと考えられる(注7)。同書では、本作品の中央に描かれた「降誕」の予型として、「アウグストゥスの幻視」(左翼)が示される。ロヒールの「アウグストゥスの幻視」では、先行例と比較すると、皇帝が室内で跪く場面の描写がより具体的になっており、部屋の右側には三人の男性が新たに描かれている。このうち、三人の男性については、当時ルーアンで演じられた聖史劇において、皇帝が家令、裁判官、司令官を従えていたことから説明できる(注8)。皇帝が室内に跪くという設定は『黄金伝説』に見出せる(注9)。また、アラ・チェーリ教会には「アウグストゥスの寝室(A CUBICULO AUGUSTORUM)」と記された古代の円柱が残されており、ベッドの置かれたロヒール作品と関連する可能性も指摘される(注10)。しかし、本作品の寝室は、概ねフランドル地方の特徴を備えており(注11)、そこに当時の宮廷で流行した服を着た人々がいることを考えると、アラ・チェーリ教会の史跡が表わされているわけではないようである。さらに、服装から、皇帝をブルゴーニュ公、右側の男性三人を廷臣と同定する論もあるが(注12)、彼らの容貌は個人をはっきりと特定できるものではない(注13)。祭壇画の他の題材との関連を考慮すると、本作品は、『人間救済の鑑』や『黄金伝説』の教えを同時代の設定において示し、注文主で公国の財政官を務めたピーテル・ブラーデリンをはじめとする観賞者の信心を促す機能が強かったように思われる。ここで右翼の「星のお告げ」も含めた《ブラーデリンの祭壇画》の各場面が、幻視を題材としていることに注目したい。15世紀のフランドルでは、平信徒でも私的に祈りを捧げ、瞑想するという個人祈祷の習慣が普及しており、人々はアウグストゥスや聖フランチェスコなどがみた幻視に注目し、彼らにあやかりたいと願った(注14)。ここから、左翼で跪くアウグストゥスも、幻視をみる者の模範としての役割を担っていたと考えられる。また、「降誕」の聖母や幼児キリストの様子は、聖女ビルイッタ(1303−73年)がみた幻視と一致しており、右側で祈るブラーデリンは、ビルイッタの立場に重ねられているとも捉えられる(注15)。このように、本作品は私的な祈りと結びつくが、中央パネルの「降誕」のように、
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