3.変容の背景:古代への関心と公国の情勢エンゲルベルト2世は熱心な芸術保護者であり、華麗な挿絵を施した書物を数多く所有していた(注25)。彼が蒐集した書物の一部はハーグ図書館に残されているが、そのコレクションは、リウィウスの『ローマ建国史』、『カエサルまでの古代史』、ウェルギリウスの『アエネーイス』など、古代の歴史・思想に関わるものも多い(注26)。このうち『ローマ建国史』は、アウグストゥスの治世を含めたローマの歴史を扱っている(注27)。― 157 ―社会における古代への関心があったと考えている。そこで以下では、エンゲルベルト2世やブルゴーニュ公が抱いていた知的関心を確認した上で、本作品が彼らにいかに観賞されたかという点について考察したい。エンゲルベルト2世が示した古代への関心は、ブルゴーニュ公にも早い時期から認められた。歴代の公は、古代ローマ史の編纂集を貪欲に蒐集しており(注28)、宮廷では、公をたたえるために、カエサルやアレクサンダロス大王、そしてアウグストゥス帝などの偉人の名が引用された(注29)。その中で、「アウグストゥスの幻視」は、16世紀にかけての人文主義の興隆ともあいまって宮廷関係者たちの注目をひき、広まって行ったと考えられる。本題材は、公が所有したタペストリーにも表わされた(注30)。では、ティブルの巫女の画家の《アウグストゥスの幻視》は、エンゲルベルト2世や宮廷との関わりでは、どのような役割を担ったのだろうか。注文主や当初の設置場所にまつわる記録はないが、本作品の66.5×83.5cmというサイズは、フランドル絵画のなかではやや大きく、複数の人々に観賞されることを前提とした可能性が高い。エンゲルベルト2世が注文したとすれば、彼の邸宅などに置かれ、そこで貴族や学者などの訪問者が観賞したと考えられる。少し後の記録になるが、デューラーは、1520年8月27日の日記において、ブリュッセルにあるナッサウ家の邸宅を以下のように褒めたたえた。「私はまたファン・ナッサウ伯の館へも行ったが立派な建物で飾りも見事であった。…そして二つの美しい大広間を見、また邸内の至るところで華麗な品々を見たが、五十人が臥すことのできる大寝台もあった。…私にはドイツ諸国中にこれと同じ建物があろうとは信じられない(注31)」。この館は、エンゲルベルト2世も所有していたと考えられるが、現存しない。しかし、公の宮殿の近くにあったため、多くの人が訪れる社交場として機能したであろう。
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