鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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― 191 ―全体で約5分の本映像は、いずれも1分前後の5つの短編から成る。最初に「cine-memo」という映像全体のタイトル画面、続いて小見出しとして各短編のタイトル画面が現れる。そこにそれぞれのモティーフとなった鶏、燕、魚、船、花火ではなく、ただ数字のみが自筆で記され、しかもそのデザインに吉原の造型意識が明瞭に示されているのが興味深い。一番目は丸付き数字の「1」が一つ中央に置かれ、二番目は数字の「2」の右下にピリオドのような点が二つ打たれている〔図3〕。三番目は数字の「3」が三つ、正三角形を成すように配され、四番目は数字の「4」を取り囲むように、四隅に点が置かれており、五番目は数字の「5」が横一列に五つ、それぞれ間に点を挟みながら画面中央に配されている。さらに特筆すべきは、こうした各タイトルのグラフィックデザインが、それぞれの映像との視覚的な連続性を表す点で、「1」では丸付き数字が、次に画面中央に現れる丸い物体と呼応する。同様に「2」ではピリオドのような二つの点が、続いて登場する二羽の燕と、「3」では正三角形を成す配置が、最初に出現する魚の尖った口先と、「4」では四隅の点による矩形が、何度も繰り返し映される大型客船の窓や旗と、そして「5」では横一列に並んだ数字が、次々と水平方向に打ち上がったり、巨大な滝のごとく流れ落ちる花火の形状とそれぞれ対応していることが、視覚的に了解される。次に本編の制作年についてだが、残念ながら映像自体には年記がないものの、それを推察する上で手がかりとなるのは撮影された対象である。モティーフのうち鶏、魚、船は、他の1930−33年の映像でも同様に取り上げられており、「cine-memo」制作年も同時期であることを傍証する。特に鶏については、1931−32年頃に吉原が自宅を撮影した他の映像にも同一の鶏が登場する。そこでは初夏の日常的な朝の情景が捉えられ、雨戸を開ける妻の千代、庭に咲く群生した朝顔、五、六羽の鶏が飼育される小屋、鉢植えの多種多様なサボテンがおかれた温室、しきりに動き回るペットの台湾猿、新聞を読む吉原などが次々と映し出されるが(注5)、その中で鶏は、他のモティーフよりも数多くの角度から撮影され、吉原が日頃から興味を持って見つめていたと想像できる。ところで吉原は、1932年11月に生涯唯一の絵本『スイゾクカン』〔図4〕を出版したが、その絵本と「cine-memo」が共通する構造を持つことも、後者の制作が1930年代初頭と推定される根拠となろう。『スイゾクカン』は5つの見開きページから成り、各ページには文字が一切入らず、それぞれ独立した絵が5点連なる構成で、さらに表紙の「Yoshihara」の英字も、「cine-memo」の英字と類似したスタイルである。当時吉原は絵本製作のために、斬新なデザインで同時代の画家やデザイナーを魅了していた

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