鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1.問題提起チャールズ・ワーグマンCharles Wirgman(1832−91)は、近代日本洋画史の端緒に位置する画家である(注1)。しかし、五姓田義松、高橋由一の師匠という点が注目されるばかりだ。そのためか、その様式については具体像が明示されず、研究書に明記されることもほとんどなく、おおむね素人画家の技量程度というような認識が一般的なところだ。その現状にあって、彼の技術に対しては漠然とした疑義がもたれているのである(注2)。しかも、油彩画は史的展開を見通すほどの点数もない。そこで本研究は主に水彩画、鉛筆画に集中して、この問題について考察をおこなう。研 究 者:神奈川県立歴史博物館 学芸員  角 田 拓 朗ワーグマンの様式についての疑義だが、端的にいえば、1861年の来日の以前と以後の様式・作風の違いに帰せられる。来日以前とは主に中国で描いた作品であり、The Illustrated London News(以下、ILN)に掲載した挿画と図様の相似するものである(注3)。来日後とは、1861年以後の日本で描いた作例で、描かれた内容から判断される。それらのうち、年紀があるものは1870年代に集中するのだが、技術的に見て来日以前の様式とも距離があるため、それをワーグマンの基準作として設定することが躊躇されてきた雰囲気もある。そして、その異なる様式的特徴が問題なのだ。よって、本研究は様式変遷の全体像を描くことを模索する方法を試みる。様式の変遷、それを促した理論を見出し、その仮定した展開に作品があてはまるかを検討する手順をとる。トートロジーに陥る危険性はあるが、現状を打破するには仮にではあっても、その全体像を構築することが有効だと考えた。さて、ワーグマンの様式を論ずるにあたり、具体的に描線の質、量感と空間把握の三つの造形要素に注目し考察をおこなおう。まず来日以前のその特徴は、以下のようにまとめられる。その線質は細く、線はとぎれがちな不連続なもので秩序だたず、混在しているものが多い。また量感、空間把握は総じて小さく、奥行きが浅い。そして、来日後は以下のようにまとめられる。線質としてはゆるやかで、のびやか。特に人体像の量感把握はまるみをおび、風景を描く場合の空はより大きい広がりを感じさせる。大局的に見れば、来日以前が神経質、来日以後が鷹揚な印象があり、両者の距離感は相当あると感じられる。そのため、その隔たりをうめる存在、1860年代後半頃の作例を見出すことが本研究の鍵となろう。来日前後のそれぞれが真筆だとすれば、そ― 11 ―② チャールズ・ワーグマンの個人様式の具体像を問う─明治洋画・来日外国人・報道/芸術─

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