3.様式変遷の全体像ここでワーグマン作品の概要を〔分布図〕としてまとめた。〔分布図〕は年代を示す軸を境に、上が肉筆、下を印刷物の挿絵と分類している。一貫してワーグマンの活動が印刷物の挿画であり、イラストレーターが彼の基底にあることは常に意識すべきだろう。また、来日以前の活動はわずか四年間、その後は三十年間ほどの活動期、その各期の作品の偏在が甚だしいことが理解されよう。冒頭で指摘したように、特に空隙となっている1860年代後半の様相、あるいはその変化を促した要因を推定すること、そのミッシングリンクを繋がないことには一貫した様式論を構築できない。本稿ではその空隙を埋める作例として、前節で在英作品のうち《スケッチブック》を代表としてあげ、さらに次節で五姓田義松旧蔵作品群の中から二作品を挙げ例証する。今また〔分布図〕に戻れば、この分布とここに見られる軌跡は、1861年の来日前後の変化を含め大きな動態として捉えられる。来日以前の様式的特徴は概して縮こまった造形であり、それはいわば素人が一般に示す特徴ともいえる。よって、その様式の変遷とは研鑽を経て一定の技量を示すに至るまでの道程そのものであり、その意味で一人の画家の成長物語に他ならない。しい描写が多く、既に知られているワーグマンのものとは異質と評してもよいほど内容が充実したものと評価できる。詳細に内容を検証しよう。〔図7〕の女性像は、短い描線、小さい量感把握から来日以前の様式と共通する。〔図8〕はおそらく妻カネを描いたものと考えられ、前者と比較すると描線の息が長く伸びやかとなり、〔図4〕以上に来日後の様式に近い。また、〔図9〕の女性像は、このスケッチブックの中で最も優れた作例だ。デッサンの確かさを確保しながら、水気の多い筆をコントロールすることに成功しており、彼の技術の進歩がうかがえる。さらに風景画〔図10〕の水気の多い付彩も中国時代とは異なるもので、空間の広さ、湿潤な日本の大気を表現することにつながっている。以上の検証から、この《スケッチブック》を来日前後の様式的対立を結ぶ過渡的な存在と指摘することができる。そして、この考察によって、来日前後それぞれの作品群は一直線上の展開の上にワーグマン作として結び付ける可能性が浮上してくるのだ。そして、この水彩画を中心とした様式変遷に基づき、油彩画の展開を推測することが可能となる。絵の具層の重ね方や筆遣いなど今後検討すべき点はあるが、描かれた人物の形態に注目すると、およそ水彩画のそれと類似することがわかる。たとえば、《街道》(1872年、神奈川県立歴史博物館)がそうだ。水彩画などの展開に照らし合わ― 13 ―
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