鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1.康熙官窯の青花磁器における〈新しい倣古〉それではまず、康熙官窯の創造性を考える上で看過できない一群と考えられ、本研― 247 ―㉓ 康熙官窯の青花・釉裏紅磁器における〈倣古〉の意義研 究 者:出光美術館 学芸員  柏 木 麻 里はじめに康熙年間(1662−1722)に景徳鎮官窯で焼造された青花・釉裏紅磁器の中には、清朝前期の官窯陶磁研究において比較的取り上げられる機会の少ない、優れた一群がある。倣古的な意匠と器形をもちながら、前代の単なる復古に終わらないそれらは、古代青銅器の意匠・器形・明官窯青花の様式などを装飾要素として抽出した上で再構築し、前代にない清新な青花様式を創造した。康熙年間の青花についてはこれまで主に輸出向け青花の研究がなされているが(注1)、青花が清朝官窯の内部でいかなる歴史的な位置づけをもつかという視点からの考察、およびその意義の検討はあまりなされてこなかった。本研究は、康熙官窯に花開いた〈新しい倣古〉と呼ぶべき清新な青花の考察を中心に、清朝前期の官窯における青花・釉裏紅の位置づけを、清朝官窯における〈倣古〉と〈新製〉という観点から検討するものである。究において〈新しい倣古〉と呼ぶ作例を挙げてゆこう。「青花八卦波濤太極文碗」〔図1・2・3〕(パーシヴァル・デヴィッド中国美術財団蔵)は、外面上部に八卦文を、腰に波濤文をあらわし、見込みには太極文を描く。太極も八卦も中国の伝統的な意匠だが、この碗の直接的な本歌とみなしうる作例は管見の限りでは知らない。八卦文、波濤文といった陶磁意匠は古くよりあるが、「青花八卦波濤太極文碗」の意匠構成は康熙官窯の創意といえよう。白磁の質も高く、独特の気品を備えた碗である。伝統的な龍文を描きながら、全体としてはやはり新しい青花となっているのが「青花魚龍変化文豆」〔図4〕(南京博物院蔵)である。波濤と龍を脚部にあらわし、盤面の外周に唐草文をめぐらせてある。これも明官窯など古陶の直模ではない。豆は古代青銅器の器形である。青銅器の器形を装飾手段として活用することは、古来行なわれているが、康熙官窯でも、青銅器という中華文化の聖なる器の領域へ、さらなる探索を行なったことがわかる。円筒形の蓋に卵形の胴をもつ茶葉罐にも、新しい倣古意匠がみられる。「青花■龍

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