鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1 はじめにわが国の神像彫刻(以下、神像と表記する)をめぐる研究は、神像をテーマとした展観、研究成果の発表、国による文化財指定などが相次ぎ、ここ十数年で飛躍的に深化してきた。ただ、これまでの神像調査研究は、八幡神や熊野神などをはじめとする全国規模の重要神■や、畿内の神像集中地区を中心に進められる傾向が強かったと思われる。一方で、地方での神像に関するまとまった調査は、一部の例外を除いて、ほとんどなされていないのが現状である。今後は、全国地域ごとの神像調査を進めていくことが、神像彫刻史研究のために欠くことのできない要件と考える。2 阿蘇・高千穂・霧島の神像⑴ 阿蘇・高千穂の神像〈平安前期までの状況〉 九州を代表する神■信仰・阿蘇神社(熊本県阿蘇市)は肥後国唯一の名神大社であり、すでに6世紀の『隋書倭国伝』中にも阿蘇山の噴火を伝え、住民が祈祷祭礼を行った記事が見られる。『筑紫風土記逸文』によると、阿蘇中とその火口湖そのもの(神霊池)を神として信仰していたことがわかる(注2)。岳延暦13年(794)宇佐、宗像、阿蘇の三社に僧を使わして神前読経が行われ、同15年(796)にも神霊池枯渇のため「読経悔過」が行われたことが知られる(注3)。また、承和5年(838)には、遣唐使の無事を祈るため宇佐、宗像、阿蘇の三社に度者2名が置かれた(注4)。― 256 ―㉔ 九州における神像彫刻の調査研究─神像彫刻の地方展開試論─■■研 究 者:熊本県立美術館 学芸課主幹  有 木 芳 隆筆者も、熊本県を中心に仏像等の調査・展観を重ねてきたなかで、神像の存在が質量ともに無視しえないことを理解し、九州各地の神社等に伝存する神像調査を進めてきた。本助成をはじめとする諸調査活動によって、主要な未調査神社の調査を進めるとともに、すでに調査がなされ文化財指定等が実施された神像についても、改めて調査を続けているところである(注1)。本稿では、本助成等によって調査を実施した平安時代の神像を中心に、主要な作例を取り上げて検討を加え、①中〜南部九州の地域神■である阿蘇・高千穂・霧島信仰ゆかりの俗体形神像の発生と展開、②八幡や熊野系神像の地方展開、③その他の地域神■の神像と未完成仏神像などについて考察を試みる。■■

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