鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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2.画風及び落款の変遷一笑の作品としては60点余を確認しているが、そのうち約8割は江戸在住時代のものが占める。新島時代の一部を除き年記のあるものが皆無のため、作品から様式上の変化を追い、制作年代の目安を付ける作業を行う必要がある。その手始めとして、まずは描かれた風俗と落款に着目し、大きな流れを確認したい。― 278 ―めるが、二人の禿を従える遊女の立姿図や、これらに遣手・男衆も加わった花魁道中図といった典型的な画題以外にも、多彩な趣向による男女の美人図をはじめ、吉原遊廓における複数の男女の宴会場面を描く遊興図など様々な画題が見出せる。また、長春には少ない屏風作品が数点のこされており、時には有力な顧客からの注文もこなしていたことが窺える。浮世絵師として江戸で華々しい活躍を見せていた一笑であったが、寛延3年(1750)に宮川派と稲荷橋狩野家二代・狩野春賀理信との間で諍いが起こった際、不運にも長春の身代わりとなり、宝暦2年(1752)に新島へ流罪となった(注2)。7歳年長の長春が没したことを受け、高弟としてその責任を取ったものと思われるが、配流当時すでに64歳の高齢であった一笑は、その後27年余りを当地で過ごし、二度と江戸の土を踏むことなく新島で没している。一笑作品の大きな特徴は、人物たちの個性的な面貌表現にあるといえるだろう。細く吊り上がった眼に小さな口を持ち、長春美人のふっくらと丸みのある顔立ちよりも、細面でシャープな印象を与える独特の表現である。長春描く女性像が匂い立つような艶やかさと高い品格を誇り、手の届かない存在として描かれるのに対し、一笑の場合はより身近で親しみやすい存在として描かれており、躍動的な魅力に溢れている。以下、一笑の画業を現存作例から追っていく。一笑画を見ると、女性たちの髪型に時代ごとの特徴が明確に表されており、当時の流行が反映されていることに気付かされる。その顕著な例が髱の形で、早い時期では下方に向かって長く突き出しているものが、次第に髱の先が跳ね上がり、反り返るようになっていく様子が看取される。この変遷は、面貌表現の変化とほとんど軌を一にしているといってよく、時間の推移が確認できる部分といえる。しかしながら、面貌表現は作品によって差が大きく、基準作を見出すのが難しい。その変化を大きく捉えるならば、ごく初期は下膨れの顔に二重瞼で、眉も自然なカーブを伴う優しい雰囲気の女性像であるが〔図1〕、次第に顔の幅が狭められ、一重瞼になり眉の角度が大きくなることが挙げられる〔図2〕。その次の段階では眉が太く

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