序■― 288 ―㉗ 1530年代の文徴明─作画活動における系譜意識─研 究 者:九州大学大学院 人文科学府 博士後期課程 都 甲 さやか文徴明(1470〜1559)は、16世紀呉派文人画壇の中心人物として知られる。その長きに亘る画業の中でも、1530年代は、文徴明が3年間(1523〜26)の北京での任官を終えて蘇州へ帰郷し、本格的な書画活動を開始する時期として知られ、《関山積雪図巻》(嘉靖11年(1532)、台北故宮博物院蔵)〔図1〕、《松壑飛泉図》(嘉靖10年(1531)、台北故宮博物院蔵)、《石湖清勝図巻》(嘉靖11年(1532)、上海博物館蔵)などの秀作を次々に完成させる。こうした作品からは、文徴明の積年の古画学習が自分自身の画風として結実し、新たな画境を拓いたことが見て取れる。本稿は、文徴明が嘉靖11年(1532)に完成させた《関山積雪図巻》の制作背景および絵画表現を中心に考察することで、1530年代の文徴明が、絵画表現において積極的に古画学習の成果を取り入れたことに関して、新たな意味を提示することを目的とする。一.文徴明《関山積雪図巻》概要《関山積雪図巻》は、縦26.0cm×横521.9cm、紙本淡彩の作品である(注1)。5メートルを超える長巻に、雪に覆われた険しい山々とその中を旅する人物等が描かれている。鑑賞者は行旅人物の道程を追うかたちで視点を進ませることとなるが、その途中、寒村、凍結した大河、楼閣、城郭都市などがあらわれ、雪景を舞台として様々な情景が展開されていく。また随所に、緑や朱の葉をつけた木々、青緑の山肌がみえ、こうした鮮やかな色彩が、深い雪に閉ざされながらも豊かな生命力を内包していることを印象付ける。そして画面は、雪に覆われた山の頂がせり上がり、画面全体を覆い尽くすかたちで終わり、最後に文徴明の自題が記される。自題の内容は、以下のようである。古の高人逸士、往往にして筆を弄ぶを喜び、山水を作りては以て自ら娯しむ。然るに多く雪景を寫するは、蓋し此に假り以て其の孤高抜俗の意を寄せんと欲するのみ。王摩詰の雪谿圖、李成の萬山飛雪、李唐の雪山樓閣、閻次平の寒巖積雪、郭忠恕の雪霽江行、趙松雪の袁安臥雪、黄大癡の九峰雪霽、王叔明の劍閣圖の若きは、皆、名を今昔に著し、人口に膾炙せり。余、幸にして皆これを見るに及ぶ。效倣せんと欲する■■■
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