― 320 ―㉚ 美術としての縄文、その概念の確立と総合的研究─カマレス土器のシンタックスを応用した造形論の展開─研 究 者:武蔵野美術大学大学院 造形研究科 博士後期 鈴 木 希 帆はじめに現在、縄文土器として連想される造形は、火焔型土器や勝坂式土器などの動的な動きを持つ土器ではないだろうか。これらの土器は草創期から晩期までの縄文時代の六時期区分のうちの中期に属している。この彫刻的ともいえる縄文中期の土器への美的関心は、芸術家・岡本太郎による1952年の『みづゑ』掲載の「縄文土器論」以降に顕著となるものであり、それ以前での縄文土器観では、縄文後期や晩期に属す、用途に即した器形に文様が施される静かな表現の土器が美的評価の対象とされていた。続く、1956年の『日本の伝統』に収録された岡本の第二の「縄文土器論」では、抽象彫刻と同等の空間感覚が見出され、縄文中期の土器の美術としての造形観は広範に普及することとなった。現在では美術史家においても、「造形美の頂点に立」ち「器形と装飾の調和と緊張を実現した」という青柳正規氏(注1)や、日本美術に通底するかざりの精神を「文様のアシメントリー」の構造に見出す辻惟雄氏(注2)など、縄文中期の土器への突出した関心が見られるようになった。このような評価の背景には、中期の土器に特有な立体的な造形構造と、自由奔放な印象を与える文様の描画性が挙げられる。これらの造形要素は一つの土器に同時に存在しているが、その比重は個々の土器によって異なっている。この比重の多様さも、美術作品としての創造性の評価の一因を担っていると言えよう。本調査では、現在美術の領域で扱われている縄文中期の土器の、器形と文様の関係を調査し、縄文土器に求められる美的要素を明らかにしたいと思う。この造形論の展開には、西洋の美術考古学での先行研究である、シンタックス(syntax)というギリシアのミノア文明期の土器の構造分析方法を応用する。ここで用いられているカマレス土器は、器面全体を施文領域とする点において縄文中期の土器と共通性を持ち、美術的にもcraftというよりhigh artの様であると評価されている(注3)。このシンタックスの分析方法を習得するため、本調査では、クレタ島のイラクリオン考古博物館および周辺の遺跡博物館のミノア文明期の土器を実見し、すでに発表されているシンタックスと照合する基礎調査を行い、縄文土器への応用方法を検討した。
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