鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1.シンタックスによる構造分析とその応用範囲についてミノアの先史考古遺物に対する美術的な視点による分析は、アロイス・リーグルの様式論を経た1928年のフリードリッヒ・マッツによる土器の造形構造への言及を先駆けとする(注4)。続く、1939年のアルネ・フルマークによる土器の形と装飾の関係を分析するシンタックスについて論じた研究により、ミノア土器の最初の美術的な様式研究が開始された(注5)。フルマークのシンタックスによる研究方法を継承するギゼラ・ワールベルグによると、これより以前のミノア土器の研究は考古学の範疇にあったという(注6)。2.縄文土器におけるシンタックス分析の応用青銅器時代に属すカマレス土器では、「統一装飾」における動的な表現は、一部の土器を除いて、ならされた器面に顔料で描かれた文様からなる。いっぽう、縄文中期土器の「統一装飾」では、文様のみならず器形自体にも動きの表現を持つ。そこで、本章では「文様の施文」と「器形の構築」それぞれの造形意識に注目しながら、シン― 321 ―シンタックスによる分析方法では、まず、器形に対する装飾領域を分析し、①器面全体としての図を強調する「統一装飾」(unity decoration)と、②施文構造の部分を強調し、多くは帯状の連続を用いる「構造装飾」(structural decoration)とに二分する(注7)。次に、①の「統一装飾」の中の文様の動きに応じて、「ねじれ」「上昇」「内向」「放射」などの造形構造を分析していく〔図1〕。このシンタックス分析法は、「構造装飾」を特徴とするミケーネ土器と「統一装飾」を特徴とするミノア土器との様式の違いを明らかにし、エーゲ海諸島およびギリシア本土におけるミノア文明の影響に関する研究を進展させた。日本の考古学でも、小林達雄氏によるシンタックスの「統一装飾」と「構造装飾」に似た様式の二分法は示されているが、生活の復元を目的とするこれらの考古学上の分析は、ミノア土器のような器形と装飾の関係よりも、文様が表すものの具体性の追求へ向うものであった(注8)。本研究では、土器の造形意欲を考察することを目的としてシンタックスによる分析を試みる。カマレス土器はミノアの中期青銅器時代の古宮殿時代(最盛期はMiddle MinoanⅡ, 1900−1700BC)に属し、日本の新石器時代の縄文中期(3000−2000BC)とは文化的進度が異なる。また、彩文を主とする技法や器種も縄文土器とは異なる。しかしながら、それにもかかわらず、「統一装飾」という造形上の最も核となる点に共通点を持つ。

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