鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
336/620

2−3.文様施文と器形形成の拮抗タイプこれまで縄文中期土器における施文と器形形成意欲の、それぞれが主導する表現を見てきたが、次に、それらの中間に位置し、その両方の造形意欲が拮抗する一例を挙げる。― 325 ―面把手部分が出土している。本土器も把手の顔部分はあどけない子供らしさを持ちながら、器形は精緻に形成されて、土器全体としての造形的な完成度が高く、多くの美術図版にも登場する。この具象的な顔面の裏は抽象的な彫刻を張り合わせたような中空の後頭部を持つ。すべてはこの把手を設置するために形成されたようであり、器形形成の意識が強く表れた土器と言えよう。⑦有孔鍔付土器 長野県長峯遺跡 高42.0cm茅野市尖石縄文考古館 〔図8〕文様施文 +器形形成 +++本土器は、1998年のパリの「縄文展」に出品されている。器形を構築する意識に主導された土器のうち、地と図の関係から今後の検討課題を示唆する一例としても注目される。有孔鍔付土器の多くは、後に挙げる〔図12〕の土器の造形構造のように、器面が無文にならされ、その上に具象的な文様が張り付けられる場合が多いが、本土器では、勝坂の様式に特有の段々と膨らみを繰り返す器形自体の動的な動きの構造に連動するかのような立体的な環状突起や曲面に沿う十字の文様を持つ。その表現は、地と図の関係が読み取れないほど調和し、土器そのものが一つの彫刻のように完結した印象を作り出している。全体的には器形の形成を優先している。このように施文よりも器形の構築を優先するのは、一方で、彩文のために施文領域を確保した結果であるという可能性も考えられる。実は、この土器には彩色の跡が見られ、彩色を施して複製された土器〔図9〕には、現在肉眼では無文に見える部分にも鮮やかな文様が施されている。今まで、縄文中期の土器についての美術的考察では、粘土の可塑性が重視され、彩文の場合における文様と器形の関係について注目されることはなかった。しかしながら、本例の他にも近年の発掘例には、無文の粗製と認識されていた土器に彩文の可能性が指摘される発掘例も存在するという。彩文土器における造形構造の研究は、今後の課題と言えよう。

元のページ  ../index.html#336

このブックを見る