― 344 ―㉜ インド寺院建築における入口装飾の研究─その形成過程─■■■■■研 究 者:愛知学院大学、帝塚山大学、花園大学 非常勤講師 平 岡 三保子一.はじめにインドでは古代から中世にかけて諸宗教の寺院が活発に造営されたが、それらを特徴付ける特有の建築要素として祠堂や礼拝堂などの入口装飾がある。そこには種々の吉祥文や守門像、聖像などが凝縮して取り込まれ、他の建築部位にはない特別な意匠が展開されるため、寺院建築と美術に関する研究においては多かれ少なかれ言及されるものの(注1)、それを単独で系統的に扱った先行研究は数少ない(注2)。筆者はかつてアジャンター後期仏教石窟の入口装飾を取り上げ、その様式変遷が編年の有効な手がかりとなることを明らかにした(注3)。そしてより広い視野に立って造例を収集し、その変遷および時代・地域的特質を系統立てて明らかにする必要性を感じた。歴史的にみるとインドで現存最古の石積み寺院はグプタ時代(5世紀初頭)に属し、入口装飾の造例もそれ以降のものが大半を占める。グプタ王朝の中枢都市ウッジャイニーで6世紀に編纂された『ブリハット・サンヒター』の「神殿の相」の章にはシャーカー(S´a¯kha¯)すなわち入口周縁の装飾帯を3〜9の奇数回重ねて然るべきモチーフを表すことが定められている(注4)。この記述は例えばデーオーガルのヴィシュヌ寺院といった同時代の実例の特徴に合致しており〔図1〕、当時王朝の版図で基本的な形式が確立していたことを示唆している。一方、倒壊・散逸の少ない石窟寺院にはグプタ時代以前の遺例が数多く残されるが、そこには未だシャーカー型の入口装飾は現れない(注5)。ただしその萌芽と見うる貴重な造例も含まれている。今回の調査研究ではそうした初期造例を収集する機会を得たことから、シャーカー型入口装飾という表現形式の生成過程の考察を以てその成果報告としたい。テキストおよび装飾構成については別の機会に検討する予定である。なお本研究では礼拝空間(祠堂、またはそれに付随する前室および広間)の主要入口を対象とし、房室(居住房)入口や窓飾りなどの象徴的意味の異なる装飾例とは区別する。 二.5世紀以前の石窟寺院にみられる入口装飾⑴ アーチ型入口装飾最古の寺院入口装飾例は前3世紀に造営されたビハール州バラーバル石窟群のロー
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