鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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⑼ グプタ以降の入口装飾で満瓶や河神の表現が慣例化するのも同様に灌水・浄化作用の強調といえよう。クラムリッシュは「入口の図像学」として、インドの寺院入口における水の浄化作用を、いわば見ることによる通過儀礼として解釈する。Kramrisch, op. cit.注⑴ 例えばWilllams, Joanna G., The Art of Gupta India, Princeton, 1982では5〜6世紀の入口装飾について多くの作例を取り上げているし、スピンクのアジャンターを中心とする研究においても入口装飾に対する有意義な観察が含まれている。Spink, Walter, “Ajanta to Ellora,” Marg, Vol.: −XX, Bombay 1967, pp. 155〜168をはじめスピンクの石窟建築に言及した論考は枚挙にいとまがない。近年、集成的な著作として『アジャンターの歴史と展開』のシリーズが刊行されている。Ajanta: History and Development, Volume 4 – Painting, Sculpture, Architecture, Handbook of Oriental Studies, Brill Academic Publishers, 2008等。いずれも入口装飾を編年研究に反映させているが、寺院建築の総合的な論述において入口装飾の記述は断片化を免れない。⑷ ヴァラーハミヒラ『占術大集成1』矢野道雄・杉田瑞枝訳注、平凡社 1995年、268〜9頁。シャーカーは「側柱」と訳される。“door jamb”と解釈する研究者も多いが、帯を枠状に巡らす形式からみて「装飾帯」とみるべきである。用語についてはEncyclopedia of Indian Temple Architecture: North India: Foundations of North Indian Style, Text volume, Delhi, 1988, P. 410を参照。⑸ クシャーン時代の仏教寺院遺跡から入口の脇柱、まぐさの断片が出土しており、複数の装飾帯を重ねた最初期の例として挙げることができる。Williams, op. cit., PL.2,4. しかしこれらのごく一部の断片は配置された場所、全体の装飾構成ともに不明で、判断材料としては十分ではない。⑵ 唯一入口装飾をタイトルにしたM. S. Mateの二篇の論考は入口装飾の重要性を喚起してはいるものの、ごく一部の作例を時代、地域の別なく取り上げたごく短い観察に終わり、様式研究としても図像研究としても意義を見出せない。M. S. Mate, “Dva-ra Sha-ka-、A Study in Evolution,”East and West, vol. 24, 1974, pp. 127〜136, “Symbolism of Dva-ra Sha-ka-,” East and West, vol. 28, 1978、pp. 249〜252. またS. Kramrisch The Hindu Temple I, II, 1946, rep. Delhi 1976, pp. 313〜317では、作例はほとんど挙げられていないが入口の図像学として興味深い考察がみられる。 ⑶ 拙稿「アジャンター後期石窟寺院の入口装飾構成について」『名古屋大学 美学美術史研究論集』第4号、1986年、93〜129頁、「ガトートカチャ石窟寺院についての考察」『佛教藝術』第177号、毎日新聞社、昭和63年、75〜99頁。⑹ ローマス・リシ窟自体には銘文がないが、隣接するスダーマ窟にアショーカ王による寄進銘文があることからほぼ同時代であるとみられる。向かい合うナーガールジュニ丘の諸窟にアショーカ王の孫によるアージーヴィカ教徒に対する寄進銘があるためローマス・リシも仏教窟ではない可能性も高い。また窟群唯一の入口装飾については後刻説もあるが、岩の亀裂のため窟内の一部が未完成となっていることから、開鑿に並行して制作されたものとみてよいだろう。⑺ 厳密には母屋と言えるが、ここでは屋根に水平方向の横木の総称として「梁」を用いる。⑻ 古代インドの木造建築は残らないものの、浮彫や壁画などから類推される。復元的考察はBrown, P., Indian Architecture (Buddhist and Hindu), Mumbai,1956, Coomaraswamy, A. K., Early Indian Architecture, Delhi 1930 等で論じられる。⑽ ナーシクチャイティヤ窟、ジュンナールのIsolated Caitya、ベードサーチャイティヤ窟。西インドではないが南インドのグントゥパッリ石窟入口も挙げられる。後三者は入口上部に簡素なチャイティヤ窓を設ける。なお冒頭の定義から、聖域への導入口として意図されていないヴィハ― 349 ―

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