2.景観的大画面への移行さて第一、二類に分類可能な酒呑童子屏風を概観しつつ、そこに現れた多様なバリエーションを見てきた。また第二類における構図構成には、物語文脈上の場に関する認識が多分に関与しているであろうことも確認した。そうしたなかで派生してきたと考えられるのが、次の第三類に挙げる、全体を一つの景観につくる作例である。― 359 ―【第三類】⑪ フリア本「酒呑童子図屏風」フリア美術館、六曲一双〔図8〕⑫ 馬の博物館本「酒呑童子図屏風」馬の博物館、六曲一隻どりに彩られた屋根瓦など異界を示す記号で形成されている。そこにはテクストがなくとも物語内容を伝えようとする屏風画面の工夫のなかで、中世の酒呑童子説話の基層を成していた「異界性」(注6)が、再び視覚的な要素をもって浮上してきているのである。第二類に見た大画面メディア特有の「場所の論理」を前面化し、さらに景観図としての枠組みを取り込みつつ描かれたものが、フリア本「酒呑童子図屏風」である。遠近感を持たせた近景と遠景、名所絵さながらに美しく広がる群青の海景、金砂子による装飾など、大画面景観図の特性を借りて瀟洒な調度品としての趣を高めている。このフリア本の右隻にあたる一隻のみが伝わるのが馬の博物館本で、フリア本と馬の博物館本は、一見見分けがつかないほどに近似した画面を有する作例となっている。しかし子細に観察すると、彩色や樹木の描写、描線の性格などには、異なる点が見える。また両本ともに、原本からの写しを重ねたと思われるような箇所、例えば人物がひしめき重なるところで、地から足が浮いているような描写や、部屋の内に収まりきらない人物が縁に半分出ている部分などがまま見受けられ、やまと絵系の工房による量産を窺わせる作例ともなっている。物語屏風をめぐる量産に関しては、井澤英理子氏による曽我物語図屏風に関する論考が興味深い(注7)。井澤氏はほぼ同図の曽我物語図屏風について、画風の特徴から岩佐又兵衛工房の関与を指摘した上で「(又兵衛の)工房で、曽我物語図屏風を組織的に「製品化」するにあたり、中世以来描かれてきた図様や構図を取捨選択、整理して、この曽我物語図屏風の構成に行き着き、粉本を完全に模写するという「量産」に至った」(注8)こと、また「いわゆる粉本主義とも異なり、あくまで「又兵衛風」
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