鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1、鉄心斎本の系譜的位置はじめに、鉄心斎本の概要についてまとめておきたい。鉄心斎本は詞・絵各十二面の色紙を折本に仕立てた画帖一冊で、横長の金地貼の土台に、詞と絵が交互に貼り交― 387 ―㊱ 中近世移行期における伊勢物語絵の図様展開に関する調査研究研 究 者:東京国立博物館 研究員  土 屋 貴 裕はじめに古くは『源氏物語』絵合・総角帖に記述がみられるように、『伊勢物語』という歌物語をなんらかの造形物として視覚化、享受するという営みは前近代を通じて広く行われた。こと『伊勢物語』の「絵画化」という問題に焦点をあわせるならば、現存する作例の中では諸家分蔵の白描本(梵字下絵伊勢物語絵)、久保惣記念美術館本といった古例をはじめとして、中世には様々な工房でこの主題が絵画化され、近世には嵯峨本等を図様のソースとする多くの作品が生み出されてきた。これら前近代を通じた伊勢物語絵諸本の図様とその展開を考えるにあたっては、伊藤敏子氏(注1)、千野香織氏(注2)、羽衣国際大学日本文化研究所(注3)による成果や、五島美術館(注4)、和泉市久保惣記念美術館(注5)、出光美術館(注6)における伊勢絵に関する大規模な展観が先行研究として重要である。だが、これら従来の研究においても、伊勢絵の中世から近世への図様の伝統と継承に関しては不明な点も多かった。それは、「古典」としては『伊勢物語』と並び称される『源氏物語』に関わる絵画作品=源氏絵に比べ、中世伊勢絵の諸作が多様な様式的特徴を具え、所謂「正統的」な工房様式を有する現存作例に恵まれなかったことに求めることができるかもしれない。これらの問題を考える上で、鉄心斎文庫所蔵「伊勢物語画帖」(以下、鉄心斎本)は重要な位置を占めると思われる。かつて筆者は鉄心斎本に関する論の中で、この鉄心斎本が室町期の絵所預土佐光茂工房周辺で作られたものであり、その図様は嵯峨本や住吉如慶筆伊勢絵にも連なる有力な図様系統に位置すると述べた(注7)。これらを踏まえ、以下本論では、室町後期(16世紀前半)成立と思われる鉄心斎本と図様を共有する諸本の系統の整理を通じて、その場面選択、図様構成の特色について検討する。その上で、伊勢絵の図様が中世から近世へとどのように展開していったのか、また土佐派・住吉派といったやまと絵画派における図様の継承という問題について議論を及ぼしたい。

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