鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
455/620

― 444 ―れ、五つ紋の位置にも紋が配されている。葵紋の直径は8.8cm〜9cmと大型であり、全て外円を伴わずに絞りと描絵で表す。葉脈を描絵で描出する葉には病葉の表現は見られないが、葉脈を縫い絞りで表す葉には白抜きにした白露が表され、古様な趣を呈している。次に、先に詳述した慶長4年(1599)下賜の伝来を持つ〔表1−2〕白練緯地葵紋腰替辻ヶ花染小袖〔図1〕では、葵紋は五つ紋の位置だけでなく後裾と前衽裾の合計8か所に配される。しかし、葵紋はここでは〔表1−1〕の作例に見られるような紋散らしとしての模様の構成要素から、紋章としての葵紋への形式化がうかがえる。紋の径は作品群中では最大の10.0〜10.6cmであり、葵紋は全て外円を伴い表される。葉脈は縫い絞りのみで表し、全ての葉に白露を置いている。この2作例に対して、前述したように、〔表1−3〕紺地葵紋槍梅文辻ヶ花染小袖〔図3〕では注目すべき変化が見られる。この作品では、葵紋を紋散らしの意匠として扱ってはいるが、意匠の一部として散らされる葵紋の直径は6.8〜7.3cmであり、全て外円を伴わずに表現されているのに対して、五つ紋の位置に配された葵紋は、直径5.3〜5.7cmと散らし模様の紋より小ぶりであるうえ、五か所とも外円を伴い表されており、五つ紋と散らし紋の明確な差別化が見られるのである。また、現存する葵紋付服飾類においては、葵紋はほぼ例外なく上部に中心の葉がのる上向きの状態で表されるが、この作品の散らし紋には意図的に傾けた状態で表した葵紋〔図4〕が見られる。これは、散らし紋の動感を表す非常に稀な表現であり、同作の中でも五つ紋は全てが整然と上向きに配されていることから、紋散らしの意匠ではあるが、紋章としての五つ紋を認識し、差別化した作例であることがわかる。〔表1−4〕淡浅葱地葵紋扇地紙文辻ヶ花染小袖(徳川美術館所蔵)においては、五つ紋の位置にのみ葵紋が配されるが、両胸の紋が著しく襟の方に片寄った位置にある。葵紋の径は7.5cmで外円を持たず、葉脈には描絵を用い、病葉の表現も見られる。同様に外円を持たず、径7cmから7.5cmの葵紋が表される作例が、〔表1−5〕および〔表1−6〕の淡浅葱地葵紋花重文辻ヶ花染小袖(徳川美術館所蔵)2領である。この2作例では、両胸の紋は襟側に片寄り過ぎることもなく、江戸時代に形式化した五つ紋の位置に葵紋が据えられている。葉脈は描絵で描出し、病葉などは表されない。以上、〔表1−1〜6〕までの作例では、何れも葵紋の三枚の葉は、それぞれが主に浅葱、萌葱、紺、紫で彩色され、〔表1−2〕の作例以外は、各作品中でも葵紋の彩色は統一されていない。しかし、〔表1−7〜9〕の作例では、葵の葉は全て白抜き地に主に浅葱色の単彩色で統一され、江戸時代に定紋となった無彩色の紋への流れがうかがえる。〔表1−7〕紺地葵紋菊唐草模様辻が花染小袖(徳川博物館所蔵)で

元のページ  ../index.html#455

このブックを見る