鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1.はじめに紀元1世紀から3世紀にかけて、クシャーン朝下ガンダーラではブッダの生涯が数多く造形化された。その表現系統は、求道および教化説法・神変の場面を描く系統と、ブッダの生涯を逐一場面ごとに追い時系列的叙事的に表現する系統に大別される(注1)。このうち後者の系統はガンダーラで特異に発達したもので、これもガンダーラに特徴的な、一般に奉献小塔と呼ばれる小ストゥーパの円形基壇に取り付けられていた。― 450 ―㊷ ガンダーラの仏伝美術の研究─幼年・青年期を中心に─研 究 者:龍谷大学アジア仏教文化研究センター リサーチアシスタントこうした時系列的な表現系統では、「誕生」から「出城」の場面に至るまでのブッダ幼年・青年期の説話によって多くの区画が占められている。なかでも、太子時代に従兄弟たちに代表される若者と様々な能力を競いあったという競試武芸に関して多くの主題がガンダーラで創出された。これまでに報告された主題は「弓技」〔図1〕、「レスリング」〔図2〕、「剣技」〔図3〕、「綱引き?」〔図4〕、「象の投擲」〔図5〕、「競馬?」(注2)と多岐にわたり、ブッダ幼年・青年期の競試武芸は当地で愛好されたことがうかがえる。ブッダの悟りとも直接には関わらない、こうした幼年・青年時代の競試武芸をも詳細に物語ろうとするガンダーラの表現展開は、インド内部ではなく、むしろ、中央アジア、中国へと伝播していく(注3)。以上を鑑みれば、仏伝図の伝播と変容の考察の上で、ガンダーラの時系列的仏伝図の占める位置は大きい。とりわけ当地の特徴である幼年・青年期をも詳細に表現する表現傾向への考察とその背景の解明は重要な課題である。しかしながら、ガンダーラ出土の作例はいまや断片となって世界中に散在するため、現存作例からは具体的設置状況も不明な点が多く、幼年・青年期の説話がどのような配列で表現されていたのかという問題についても取り上げた研究は殆どみられない。ガンダーラの競試武芸図に関するこれまでの主要な先行研究では、A. フーシェによる「象の投擲」、「弓技」、「レスリング」図についての主題考察が嚆矢となる(注4)。この後、M. タッディは「レスリング」図に新たな図像を報告し、ギリシア・ローマ美術との比較研究(注5)を行った。新たに「剣技」図についてM. ジンにより経典  上 枝 いづみ

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