― 452 ―たことがうかがえる。この他、「レスリング」直前の場面がわかる作例では「弓技」〔図1・9〕や「勉学」がみられること(注9)もあり、また、直後に「結婚の儀」を示す作例(注10)も確認することが出来る。ガンダーラにおいて、「誕生」や「涅槃」前後の場面ではおおむね統一した順序と図像を見出すことが出来るのとは対照的に、競試武芸の順序については一定していない。この点は、ガンダーラの各地域では、諸寺院の配置状況や時代の推移により、競試武芸に選択される主題や順序に関して異なる伝承が混在していたことによるとみることが出来る。ただし競試武芸のそれぞれの場面については、ほぼ一定の決まった図像が用いられることから、その時系列は様々であっても、競試武芸の個々の主題制作はある程度共通した伝承に基づいている。このなかにあって、「レスリング」図はガンダーラの作例中で複数の図像をもつ主題である点が注目されている。そこでこの興味深い特徴について以下に確認したい。② 「レスリング」の図像的特徴ガンダーラにみられる「レスリング」の図像としてまず以下の2種がある。タイプ1. 男性二人が両者とも両足を地につけて組み合う図像〔図9〕タイプ2.男性のうち一人が相手に持ち上げられ片足、或いは両足を宙にあげた図像 〔図10〕まずタイプ1の図像について、前項で時系列を検討したペシャワル博物館蔵の作例を再度とりあげて、その特徴をみていこう〔図2〕。画面中央では腰布のみを纏った二人の男性が両足を地につけ胸をあわせて組み合った態勢で表現されている。右側の男性は相手の脇下に左腕を差し入れ、左側の人物は右手をまわして相手の腰布を捉えている。このようにしっかりと組み合って両者互角の様態を示すタイプ1の図像がガンダーラの作例の多くを占めている。一方、タイプ2は少数が確認される。平山郁夫コレクションの作例〔図9・10〕は、画面右を欠損するものの、タイプ2の図像をよく観察することが出来る。タイプ1同様に画面中央で腰布をまとった二人の人物が組み合うものの、左側の男性は右の人物に抱え上げられ、両足は宙に浮き、いまや投げ捨てられる瞬間が捉えられている。なお、この作例のように、投げようとする右側の男性に頭光を取り付けることで、この男性が太子であると示すことがある。さらにこの作例では腰布のほかに両者とも
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