3.文献の伝えるブッダ幼年・青年時代の「レスリング」競試武芸を記述する仏教文献のうち、「レスリング」を叙述するのは、サンスクリット、漢訳仏伝経典となる(注16)。これらの伝承を概観すると、以下のように、競試武芸について幼年期の力比べであるとするものと、太子の結婚に関わるものであるとするものの2系統に大別できる。A.幼年期の力比べ ① 漢訳『太子瑞応本起経』巻上(呉/支謙訳) ② 漢訳『過去現在因果経』巻三(劉宋/求那跋陀羅訳)― 454 ―げられる人物の足が宙に浮かぶ表現である。この点は、タイプ2の図像の制作年代あるいは出土地域の問題に大きく関わると思われる。さらに、介抱される敗者の男性像の細部をみると、ラニガト出土の断片〔図13〕では、腰布一枚を纏う人物像から水を注がれているとみられる、座り込む人物像に首飾が確認できる。前述した組み合う図像タイプ2〔図9・10〕で投げられる人物像にも装身具が示された例がある点と関連して、この装身具をつけた敗者の男性像も「レスリング」の説話に主要な登場人物として表現されていることがうかがえる。以上、ガンダーラにみられる「レスリング」図の図像的特徴を確認してきた。では、ここで着目したスワート出土に顕著な、水を注がれ介抱される敗者の人物像と、多数を占める組み合う図像タイプ1と2との関連性、そして制作早期とみられるこれら敗者像を含む図像とその他の図像の変遷にどのような背景があるのであろうか。そこで次章では、背景を探る糸口として、文献に残る競試武芸の記述について、以上にみたガンダーラの「レスリング」図の諸特徴を中心に探ってみたい。B.結婚(妃の争奪)のための競試武芸 ① サンスクリット;Lalitavistara(以下『ラリタヴィスタラ』) ② サンスクリット;Maha-vastu ③ 漢訳『修行本起経』巻上(後漢/竺大力・康孟詳訳) ④ 漢訳『普曜経』巻三(西晋/竺法護訳) ⑤ 漢訳『仏本行集経』巻十三(隋/闍那崛多訳) ⑥ 漢訳『方広大荘厳経』巻四(唐/地婆訶羅訳)
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