鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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1、植物装飾に見る特異性写本名にとられている、マルグリット・ドルレアンは、ルイ・ドルレアンと、ヴァレンテイン・ヴィスコンティの娘として1406年に生まれ、1426年には、ブルターニュ公、モンフォールのジャン5世の末息子である、リシャール・デタンプと結婚したことが確認されている。男性型で書かれた祈祷文や、聖マルガリタの祝日記載が欠如している典礼暦等、テキスト部分に、マルグリットとの関連性を指摘することは不可能であるものの、マルグリットとその夫のイニシャル組み合わせ文字、紋章、古フラン― 481 ―㊺  『マルグリット・ドルレアンの時祷書』(BnF.ms.lat.1156B)における植物装飾の創意源泉考察研 究 者:帝塚山学院大学 非常勤講師  田 辺 めぐみ現在フランス国立図書館に所蔵されている『マルグリット・ドルレアンの時祷書』(Les Heures de Marguerite d’Orléans. 以下『M時祷書』と略す)は、15世紀フランス写本の名作の一つとして知られている〔図1、2〕。その彩飾の質の高さは、中世末期芸術の展覧会、及び研究書において幾度と無くとりあげられる要因となり、1991年にはE・ケーニヒによるモノグラフィーが刊行されるに至っている(注1)。他方、余白部分を様々に彩る植物装飾については、主に写本の帰属、集成問題の一環として、断片的に言及されるにとどまり、調査研究が充分に展開されることは無かった。しかしながら、拙稿者の博士準備課程論文にて、中世末期フランスにおける植物文化の復興や、その知識の著しい普及と発展を踏まえた上で、『M時祷書』を装飾する数種の植物の機能を問うた結果、それらが挿絵、或いは写本所有主との有機的なつながりを有していることが明らかとなり、従来意味無き付属的要素とされてきた植物装飾を、新たな視座から綿密、且つ包括的に考察する必要性が喚起された(注2)。このような経緯から着手した、32のブルターニュ地方由来の時祷書における植物装飾の生成論理解読研究によって、『M時祷書』を装飾する植物の特異性は、一層看過できないものとなる(注3)。46種にものぼる植物種によって、多彩に構成された装飾に比類する例は、全く認められなかったのである。更に、幾種かの植物が、中世末期フランスの植物相には、認められないものであることも判明した。果たして、『M時祷書』の植物装飾は如何にして生成されたのか?本調査では、モチーフの伝播過程を画家と、写本所有者の双方から検証することにより、植物装飾生成過程を解明することを試みた。

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