鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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― 531 ―ここでは、りんごの花と葉は平面に簡略化されて描かれ、枝は左右非対称に伸びている。この壁紙と非常によく似た構図のスケッチ〔図6〕が他の著作において紹介されていることからも、デイが日本美術に施された装飾を写し取り、それをデザインに活かしていたことは明白である。また、彼は日本美術に見られる葉の描写について、「平面的な葉が幾何学的に配置されるよりも興味深く、時代遅れの‘自然主義的’な作品よりも洗練されている」として、こうした造形をもとにしたというデザインを図版で示し〔図7〕、「日本美術の研究なしには成しえなかった」デザインであったと述べている(注26)。また、デイはデザインの着想源を日本の染め型紙にも見出していた。日本の型紙が各国の欧米の装飾美術に与えた影響については、2006年にフランスで開催された「型紙とジャポニスム」展で明らかとなったばかりである(注27)。1874年にフランス・ミュルーズの染織美術館に入ったものが、現在知られている限りもっとも早い例であるが、型紙は美術作品とは違って制作年代の特定が難しく、各地域で受容された正確な時期については不明な点も多い(注28)。デイは『装飾とその応用』(Ornament and its Application)(1904年)のなかで、複数の型紙を図版つきで紹介しているが、これはおそらく美術愛好家で出版業者のアンドリュー・テューアーが自身の型紙コレクションをまとめた『楽しく奇妙なデザイン』からの引用である(注29)。ここでデイは図版を示しながら〔図8〕、「日本の型紙で、アイリスの花がどのように葉と交差しているか。そして、葉がいかにうまいこと平網のようなものが背景に敷かれた水平線を区切っているか」といった点に注意を促している(注30)。自然をパターン化してあらわす手法を型紙から習得しようとした様子は、彼のデザインにも散見される。具体的な着想源は明らかにできていないが、《デイジーのパターン》〔図9〕に見られる文様は、型紙に頻出する菊の文様〔図10〕に通じるものがあるし、《タイルのためのデザイン》〔図11〕もまた、型紙によく用いられる《鯉と流水》〔図12〕との類似性を指摘することができるだろう。こうした作例からデイが遅くとも1870年代後半には型紙を目にし、デザインに取り入れていた可能性は高いといえる(注31)。さらにデイが着目した日本の造形として、紋章や菱形といった日本の伝統的な文様が挙げられる。彼は、自然を装飾的要素へと作り変えるためには、日本の紋章や菱形を見て、それらがどのように形を変えてあらわされているのかを見るべきだと述べ(注32)、鶴菱などの文様〔図13〕、あるいは、自らスケッチした日本の漆芸に施された文様を著書のなかでたびたび紹介している〔図14〕。壁紙《トレリス》〔図15〕で用いられている、丸型におさめられた花や格子のデザインはこうした日本の文様をもと

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