鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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― 551 ―ズムを与え、その動きが十字架の旗に繋がり、画面中に響くリズミカルな無窮の旋律となっている〔図1〕。一方、《オリーブ山》では、線的リズムがドレーパリーではなく、モティーフの動きによって連続する〔図2〕。《復活》の赤い衣とは全く異なるキリストの衣は、風景とよく馴染む灰褐色であり、それが光によって柔らかくモデリングされているために、彼の身体の動きを透かし出す。そして跪いて祈りを捧げるキリストの身体は、彼の魂の震えと共鳴するように、大きくS字型にうねる。その動線は、地面に垂れた裾から岩山の稜線へ伝わり、居眠るペテロから地面へ、そこからさらに画面下部の曲がった小川へと連動する。この動線は、最終的に再びキリストへと戻り、彼の背中をなぞる第二の斜めの岩山からは、ユダが顔を覗いている。こうして全てのモティーフは分かち難く結び付けられ(光背ですらリズミカルな円運動を画面に与える)、画面に調和をもたらしているのである。個々のモティーフは、人物像であれ岩山風景であれ、柔らかくしなやかであり可変性に富む。つまり、柔軟性と弾力性に満ちたモティーフの線をコンポジションの線に連動させる〈柔軟様式〉の構図原理がここで用いられているのである(注9)。以上の考察から、トゥシェボンの画家は、光と色彩の明暗法、線的コンポジション、形体のリズミカルな線運動、この三つの原理によって絵画を視覚的に統一したのだ、と言うことができる。この原理は、裏面の聖人像場面にも適用可能である〔図3〕。タベルナクルムの天蓋構造は、三次元的空間を明瞭に示しているが、背景はニュートラルな金地であり、その前面に聖人像が現れる。彼らは、画平面上で最も大きな形体であり、身体の輪郭部に施される陰影と突起部を照らし出す光の表現によって浮き彫り的性格を強めている。しかし同時に、曲がりくねるドレーパリーを伝って人物像全体に線的リズムが生じており、例えば、聖カタリナと聖マルガリータのドレーパリーは、腹部で斜めに交差し、垂直方向に細長く引き伸ばされた身体の緩い弓なり型のコントラポストと相まって、人物像にリズミカルな線運動を与えている。したがって、着衣はカリグラフィックな描線が躍動するオーナメントと化し、身体はその動勢の中に暗示される。この非現実的、空想的な着衣に対して、顔貌は現実的に捕捉され、三次元的実体としてモデリングされている。つまり、人物像の要となる頭部にのみ自然主義的描写が集中しており、装飾的に洗練された着衣は人物像を理想化するために作用しているのである。このような女性人物像から、〈美しき聖母〉の彫像が現れてくるのであって、ここにトゥシェボンの画家を1400年頃のボヘミアの国際様式、所謂〈優美様式〉(注10)の創始者と見做す理由がある。

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