2.2009年度助成― 556 ―① 前衛と古典:20世紀イタリア芸術における「過去の美術」と画家による美術史的記述に関する研究研 究 者:国立新美術館 研究補佐員 阿 部 真 弓20世紀初頭に前衛(アヴァンギャルド)の時代を経験した欧州の画家たちの多くは、およそ1910年代半ばから10年代末にかけて「古典回帰」や「秩序の喚起」と呼ばれる時代を迎える。画家たちは、彼らにとってまだ近い「過去」の芸術的冒険を早くも回顧しはじめると同時に、古代から近代にいたる、広範な「過去の美術」に創造の新たな源泉をそろって求めるようになる。だが、コラージュの技法、レディ・メイド・オブジェの発明、さらには写真技術と複製技術の進歩および普及によって、芸術における「独創性(オリジナリティ)」や「表現」といった範疇が根底から揺るがされた後では、作品制作における模倣、参照や引用行為の意味も、受容と視覚の条件をめぐるラディカルな変容の影響を免れえない。この結果として、1910年代末から1920年代のヨーロッパ美術における古典古代や過去の美術の「再生」をめぐる探究から生まれた具象表現や独特のレアリスムは、新たな古典主義的傾向と形容するだけでは説明しえない、例えばジャン・クレールが一連の研究および「Les Réalismes: 1919−1939」展において示したように「不気味な」側面をももつ(注1)。また近年には、それらの絵画作品を、「バッド・ペインティング」とも呼称される20世紀の具象絵画のある系譜の起源として位置づける研究も見られる。それはまた、モダニズムの文脈において、しばしば「退行」的な作品ないしは現象として扱われ、あるいは「後世の眼には、いかにも奇妙な断絶、あるいは逸脱と映っていた」(注2)ため、十分に研究され尽くされていない対象であってきた。一方で、こうした「古典回帰」の動向の影響を受けた、1920年代のイタリアの美術および建築のうちには、すでにポストモダーン的な徴候を認めることができる、と指摘されることがある。1910年代半ばから1920年代半ばの「ポスト・アヴァンギャルド」の時代の画家たちが「過去の美術」とのあいだに作りあげたさまざまな距離もまた、単線的な時間軸上ではかられうるものではないだろう。20世紀の絵画における「古典回帰」や古典主義をめぐる研究が遅れてきたもう一つの理由として、当時の欧
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