鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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― 557 ―州諸国の政治的な状況が挙げられる。とりわけイタリアにおいては、古典回帰を標榜するノヴェチェント派が、ファシズム体制の台頭と安定化と重なる時期に、ファシズム国家の文化戦略に利用されたことは周知の通りである。さらには、1910年代の芸術の成果までもが、ムッソリーニとマルゲリータ・サルファッティの文化政策における「イタリア性」の表象という目的において回収されようとした。これらの歴史的事実に関しては、詳細に検証することが必要であるが、現在のイタリアにおいて、たとえば「建てられたメタフィジカ (Metafisica costruita)」という表現が定着しているように、より直接的にムッソリーニに影響を与えたとされる未来派とマリネッティの思想のみならず、形而上絵画の画面に描かれた空間や建造物もまた、ファシズム時代に実現された建築と都市計画の美学に可視的な影響を与えているという事実が、両大戦間のイタリア美術と建築をめぐる研究が遅れてきた諸因のひとつとなってきたこともたしかであろう。そして、合理主義建築をめぐる研究が、ポストモダニズムの流行と重なっていわば「解禁」されて活発に行われるようになったものの、絵画作品における「古典回帰」や広く「地中海的」なるものの表現のリヴァイバルに関する研究が遅れをとってきたことは否めない(注3)。あるいは、そもそも「古典回帰」の現象が、作品そのものよりも、理論ないし言説において活発なものであったという側面も無視できないだろう。報告者は、これまでのジョルジョ・デ・キリコを中心とした形而上絵画に関する研究、および未来派絵画をめぐる研究を通して、前衛と古典回帰の関係をめぐる諸テーマに行き当たった。そして、なぜ、ほかでもなく前衛を先導した画家たちが、「非独創性」「過去」へと一斉に向かったのかが、問われなくてはならない、さらには、古典回帰の時にあって、なぜ画家たちがみずからしばしば古典古代から近代にいたるまでの「過去の美術」を理論的探究や言説の対象とし、自ら美術史的な記述を紡ぎ、それを書き換えることをも積極的に試みたのかが明らかにされなくてはならない、と考えている。こうした問題意識を踏まえた上で、報告者は、作品研究と並行して、研究対象とする画家たちの美術史的記述の精読および分析を通して、前衛と古典主義とモダニズムの矛盾をはらむ複雑な関係、あるいは「前衛的な古典主義」(村田宏)における■藤の諸相を精査する、という課題をたてて現在の研究をおこなっている。本稿では、2009年度に鹿島美術財団の助成を受けて遂行した調査研究のうち、主として20世紀に活躍したイタリア人画家カルロ・カルラ(Carlo Carrà, 1881−1961)が形而上絵画時代から古典回帰期にかけて執筆した、「過去の美術」をめぐる著述に関する調査

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