鹿島美術研究 年報第28号別冊(2011)
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2.《著名人像》神話上の人物、歴史上の王、皇帝、英雄、詩人、哲学者などを並べる「著名人像」は、14、15世紀にかけて流行した美術史上の一大ジャンルである。キリスト教とは無関係のこれらの人物群は、私邸に描かれることがほとんどで現存していないものも多いが、古くはジョットがロベルト・ダンジューのためにカエサルをはじめとする男女の著名人像を描いた例や、1312年に書かれたジャック・ド・ロンギオンの武勲詩に登場する「九偉人」の像がその後フランス、ドイツで流行した例などが挙げられる(注10)。表する著名人の一例として扱われていることである。カイン、アベルの叙述からはじまるこの写本は、オロシウス、エウセビウスなどのソースをもとに、それぞれの時代の著名人を列挙する「年代記」のスタイルをとっている。19r−20rに登場する「12人のシビュラ」はこの「世界全史」の中で、「ローマ建国」の時代の著名人として挙げられており、ここに旧約の預言者は伴っていない。シビュラが「世界全史」と結びつけられている例はこれだけではない。「カメラ・パラメンティ」のシビュラを伝える上記写本のうち、ミュンヘン写本ではシビュラの記述の直前に6つの時代に区分された「世界全史」に関する覚え書きが見られ(186v−187r)、オロモウツ写本でもシビュラは、アダムから始まる膨大な歴史上の著名人リスト(239r−241v)の追記のひとつとして現れる。《12人のシビュラ》を描かせた当のオルシーニ枢機卿もまた、これと同時期に、サンタンジェロ城にほど近いモンテ・ジョルダーノと呼ばれる小さな丘の上に建つ館の広間「サーラ・テアトリ(Sala Theatri)」に、アダムとイヴから14世紀のモンゴルの指導者ティムールまでの300人余りの歴史上の《著名人像(Uomini Famosi)》を描かせ、「世界全史」を表した〔図3〕。この作品も現存はしないが、フィラレーテ、ヴァザーリらがその著作で言及しているほか(注8)、シュトゥットガルト、アレッツォなどに所蔵の写本によってその人物像リストを、またミラノ、トリノなどに所蔵の絵付き写本からその造形的概要を知ることができる(注9)。これによれば、「サーラ・テアトリ」にも2人のシビュラが描かれており、それは第4の時代「ローマ建国」の時代の人物として登場するのである〔図4、5、6〕。また14世紀半ばには、ペトラルカとその弟子、ロンバルド・デッラ・セータが、リウィウスやウァレリウス・マクシムスなどの古代作品をソースに、ロムルスからトライアヌスに至る『有名偉人伝』を書き上げているが、その追記には、パトロンである― 55 ―

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