鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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サンのアトリエを訪問し、画家と一緒にローマに残る古代美術やルネサンス美術、同時代作品を見て回り、絵画鑑賞に必要な知識と理論書を画家から教示されたことは、ポワンテルの死後の財産目録に記された絵画作品と書籍(建築論や遠近法理論を含む〔図2〕)から推測できる。ポワンテルはプッサンの良き理解者として、彼の絵画作品を少くとも21点、素描80枚、エスキス52枚を所蔵していた(注3)。画家の伝記を書いたフェリビアンによると、ポワンテルは、マザラン枢機卿のところで見たグイド・レーニの作品〔図3〕に比肩する絵を望み、「(レーニの)作品のように幾人もの娘で満たされた多様な美を見ることのできるタブロー」をプッサンに依頼した。その要望に応えて描かれたのが、本作品である〔図1〕(注4)。横長の画面の前景には、井戸端に集まる13人の女性とターバンを巻いた男性が描かれ、後景には建造物の見える風景が広がる。画面のおよそ3分の2の高さに土手があり、人物たちの背後を暗くして浮彫のような効果をもたらす。画面中央の男性(エリエゼル)が、向かい合う女性(リベカ)に贈物を渡そうとしている。彼らの周りにいる壷を持った女性たちは、変化に富んだポーズを取りながらフリーズ状に並び、対比的な色彩の服装を纏ってリズムを作る。主題は旧約聖書「創世記」24章のエリエゼルによるイサクの嫁探し(リベカとの出会い)の物語で、エリエゼルが神の啓示によってイサクの妻として選んだリベカに、贈物を差し出す場面である(注5)。プッサンは聖書に記述されている10頭の駱駝を画面から排除した。代りに、複数の女性を登場させ、その幾人かが主人公二人を見て、訝り、不平、嫉妬などの感情を抱く様子を描いている。この作品は、1668年のアカデミー講演会で取り上げられた。講演者フィリップ・ド・シャンパーニュは、主人公の行為、群像の配置、人物の表情、輪郭、色彩と光と影を分析してプッサンに賛辞を贈ったが、画家があまりにも古代美術に依拠しすぎている点と、駱駝が描かれず典拠に忠実でない点を批判している。シャルル・ル・ブランはそれに反論を加え、画家は古代のコピイストではなく競争者であること、駱駝を排除したのは作品にふさわしい統一的な「モード」の要請によると主張した(注6)。本作品に関する主要先行研究として、作品に見出せる画家の古代ギリシア美術への志向に後の新古典主義の萌芽を認めるもの(注7)、「多様な女性美」を描くという制作意図を踏まえ、女性の美の理想が壷というシニフィアンを用いて描かれているとする説(注8)、主題の象徴的意味としての予型論とレーニ作品との相補関係、さらにそれらとの類比と駱駝をめぐる議論から導かれるビュルレスク(滑稽物)との関連を指摘したもの(注9)、等が提出されている。― 103 ―

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