鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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今回の調査の結果、先行研究を補完するいくつかの知見を得ることができた。詳細は稿を改めたいが、古代美術との関連では、これまでの指摘に加え、とりわけプッサンは、当時ローマにあった古代浮彫を参照し、浮彫状の構成を試みていることが指摘できる。古代美術に「隷属」していると言わしめるまで古代美術を彷彿させたのは、ポワンテルに、ローマで一緒に見て回った古代美術を想起させる意図があったのだろう(注10)。画家は駱駝を描かず、井戸端の女性たちと主人公の間の感情的な関わりを示したが、それは、ブルの指摘どおり、画家が旧約聖書だけでなくヨセフスの『古代ユダヤ誌』を参照したことによる(注11)。また、予型論という神学レベルの意味を作品に加えたのは、ポワンテルの宗教信条にも関わるのだろう。先行研究では、エリエゼルとリベカの物語を受胎告知の予型とする考えは、17世紀神学に浸透した中世の復興として説明されてきたが、今回、直接の典拠がルイ・リシュオムの『霊的絵画(Peinture spirituelle)』(1611)である可能性を見出した。このテキストは、ローマのイエズス会修練院にあった絵画のエクフラシスをまとめたもので、建物から庭園をめぐり、教師がそこある絵を説明しながら、イメージによる瞑想を促す設定になっている。庭園の描写の中で、泉に施された浮彫のエクフラシスと共に、エリエゼルとリベカの出会いが受胎告知の予型であることが示される。リシュオムの場合、庭園で実際に泉を流れる水の音と浮彫のイメージによって、修練者に瞑想を促すが、プッサンの作品でも、リベカたちに気を取られた女性が井戸の傍らで澄んだ水を絶え間なく溢れさせているのが見える(注12)。アカデミー講演会では、「素描派」プッサンの真骨頂─配置や行為の表現の見事さ、人物の表情、輪郭の妙─に加え、空間の錯視を創り出す光と影および色彩の適切さが主張され、フェリビアンも彩色について長い記述を残しているが、彩色の問題に関する十分な議論はなされていない。そこで本報告では特に、本作品におけるプッサンの彩色に注目し、同時代の作品記述および現地調査に基づきながら、当時の美術理論との関連から分析を試みたい(注13)。3.「石柱と球体」の寓意的意味と画家の理論への関心本作品で特に目立つモティーフは、井戸の傍にある四角い石柱と球体であろう〔図1〕。これについては、物語の寓意レベルでの解釈が提出されている。スタニックによれば、これは伝統的に「ウィルトゥス(美徳)」を表す四角い柱と「フォルトゥーナ(運命)」の持物である球体の結合である。井戸は「出会いの場」であり、ここで、イサクのために貞節な女性を探すというエリエゼルの旅は終り、リベカ(この名■■■■■■■― 104 ―

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