鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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プッサンの友人の何人かが(恐らくローマ滞在中のポワンテルも含め)、ザッコリーニの手稿の写しを手にしながら、プッサンが光学について熱心に語るのを聞き、実際にその理論を巧みに用いているのを見たこと、また、画家自身も手稿から学んだ成果を作品で示すことができて満足していたこと、を伝えている(注22)。ザッコリーニの手稿との関連は、〔図6〕の素描のみならず、プッサンの絵画作品(カッシアーノのために描いた七秘蹟連作の内の1枚《聖体(最後の晩䬸)》)にも見られることをクロッパーらが指摘した。人工光(蝋燭あるいはランプ)によって複数の方向から照らされた時に生じる複雑な投影描写は、ザッコリーニから学んだものである〔図8〕(注23)。ザッコリーニの「立体によって生み出される影の記述について」は、点光源(蝋燭)から始まり〔図9〕、次に松明、そして最後にはより大きい光源(太陽光)の作り出す影の説明に至る〔図10〕。そこでは立体として球体も用いられている。したがってプッサンは、《聖体(最後の晩䬸)》のような室内の情景だけでなく、太陽光による戸外を舞台とした作品《エリエゼルとリベカ》においても、ザッコリーニの理論を当然応用していたのではないだろうか。画家は、作品の良き理解者であったポワンテルに向け、ローマ滞在中に語った理論を実践してみせた可能性は高い。その点について、下記で若干の検証を試みたい。4.ザッコリーニの手稿と《エリエゼルとリベカ》─色彩遠近法とカンジャンテフェリビアンは、プッサンの伝記の中で、本作品についての長い記述を残している。その主要部分は、シャンパーニュによるアカデミー講演会のテーマと重なるものの、フェリビアンは、この作品が特に「空気遠近法」に優れている点を強調した(注24)。空気/色彩遠近法はレオナルドが理論化し手稿に残したものだが、ザッコリーニの著作はレオナルドやウィテロに依拠しており、彼は当時、レオナルドの注釈者とみなされていた。実際、その著作はレオナルドの絵画論を体系的かつ詳細に規則化したものである。4分冊の内2冊が色彩に当てられており、その色彩遠近法の箇所に、フランスの理論家たちによって空気遠近法(perspective aërienne)と呼ばれる手法が書かれている。ザッコリーニによれば、線的遠近法が素描のために公式化されたのと同様に、色彩遠近法理論は学問的基盤に立った実践に向けての革新的試みであった(注25)。ザッコリーニは色彩を広い意味で捉えている。彼によれば色彩は、合理的な空間錯視を作り出す本質的な要素であり、物の質感や、説得力のある光と影を表現する手段である。彼は、色彩と明暗法を用いて、ある物体を他の物体から区別し、空間内の物― 106 ―

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