鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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体の位置を明確に表し、観察者と対象物の間の空気の存在を示す方法を説明している。距離感を表すには、大きさの減少に加え、⑴境界とディテイルを不明瞭にしていく、⑵次第に色を薄くして空の色へと変化させる、⑶光と影の対比の強さを減少させる、という方法があり、こうした色彩遠近法を用いて、明晰かつ秩序だった空間の錯視を作り出すのである(注26)。ザッコリーニは空間を4段階の距離に分けるよう、画家たちに勧める。第一段階、すなわち画面前景では、画家は純色(colori schietti)を使うべきである。その際、光と影あるいは周囲の色が対象物の色を歪ませないよう極力注意しなければならない。影には同じ色相の暗めのものを用い、黒の混合は、最も暗い影のみに限る必要がある。第二段階の距離では、完全な純色を用いず、色を希薄化する。この段階での影は青みを帯びる。第三段階の距離になると、影は完全に青く見える。そして青のタッチは、光の当たっている部分にも現れる。第四段階の最も距離の遠いところでは、事物が全て青に見える。この見かけの青は、強さを弱めるか、くすませることで、実際の青と区別する。以上は基本であり、実践上は、個々の色相によって青の混ぜ方を変えていかなければならない。色相によって青みがかる距離が異なるからである〔図11〕。こうした規則を複雑かつ体系的に組合わせながら、奥行き感を表現していく(注27)。プッサンの作品を見ると、ザッコリーニの教えそのものではないが、ほぼ4つの距離に分けることができる。最前景では純色に近い色が用いられ、第二段階の距離では色が希薄化し、第三段階の建造物には青(あるいは灰色の)の斑点が見え、最後景の山々は霞む薄い青で描かれる。フェリビアンは、プッサンの作品に登場する女性の一人一人について、その色使いを説明しているが、たとえば、井戸のところでロープを降ろしている中央の女性は「他の人物より遠くにいるため、素描と色彩の力が弱くなっている。」と述べている(注28)。また、フェリビアンは、井戸の向かって右にいる壷に凭れた女性の上着について、「黄色と灰色のカンジャンテ(couleurs changeantes)」と記した。ザッコリーニは「色彩遠近法」の中で、「カンジャンテ(colori cangianti)」について説明している。絹でできた玉虫色タイプの布は、2種類の色の糸で織られているため、光の当たり方によって、色の出方が異なる。カンジャンテという彩色法自体は、イタリアでは13世紀から17世紀を通じて用いられ、装飾的で人工的な効果として捉えられる傾向にあったが、ザッコリーニはそれを「自然主義的」表現の文脈で用いた(注29)。例を挙げているのは、緑と黄色のカンジャンテである。強い光の下では、光の当たっている部分は黄色に、影の部分は緑になる。影の中では、黒が黄色に混ざって緑となり、この見― 107 ―

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