鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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る特徴を見出すことができる。その点を画家の「モードの理論」と関連させながら考察してみたい。6.プッサンの「モード」と、「素描」と「彩色」の問題《エリエゼルとリベカ》の準備素描〔図12〕を見ると、画家は筆を使って大まかに光と影の部分を振り分け、全体の明暗の統一を取る手法を用いていることが分かる(注36)。ここでは、筆の一塗りによって、暗い面、光としての紙、対象の陰/影としての暗部が示される。紙面をリズミカルに明と暗に振り分けながら、影の強弱(淡彩の濃淡)によって人物や物の形、その遠近感を含めた関係性を生み出し、対象物の陰や人物の陰、そして投影が一つのマッスとなって捉えられているのである。プッサンは、素描の段階では、明暗を統一的に互いに滲出するマッスとして把握をしているのに対し、上で分析したように、油彩画に仕上げる段階になると〔図1〕、空気遠近法の規則に従いつつ、固有色を用いて対象物の境界を保つ。つまり、タブローでは明暗法と彩色法が乖離し、衝突するのである。このような素描の段階での明暗法と、タブローの段階での彩色法の間の矛盾をいかに摺り合わせていくか、それは、プッサンの場合、作品によって異なるレベルを示している(〔図12、1〕と〔図13、14〕とを比較されたい)。明暗のマッスとして対象を把握する素描は、プッサンが「モードの理論」を表明する1640年代のものに特に多く見出されるが、プッサンの絵画理論として名高い「モードの理論」とは、音楽的人文主義者G. ザルリーノの旋法理論を踏まえたもので、画家も音楽家や詩人と同様、主題に応じて表現形式を変える必要があることを主張したものである。友人P. F. ド・シャントルーが、自分のために描かれた作品よりも、ポワンテルのための作品の方が魅力的だと画家に不満を呈したのに対して、弁明する手紙の中で表明された。作品を一目見た時の印象が異なるのは、主題による「モード」の違いなのだ、と(注37)。プッサンは書簡の中で絵画における「モード」とは何かを明確に語っておらず、「モード」の定式化はアカデミーの議論の中でなされていくことになる。本作品の講演会で討論された駱駝の排除の問題で、ル・ブランが主張したのは、伝統的な「デコールム」(主題の優美さに駱駝の醜さは相応しくないという意味での適切性)としての「モード」であった。さらにル・ブランは「モード」を「全体的な表情」と関連づけ、リズム、動勢、光、色彩の調和とみなして、理論を洗練させた。フェリビアンも、ル・ブランに倣い、「モード」を色彩のハーモニーと結び付けた。さ― 110 ―

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