鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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研 究 者:早稲田大学大学院 文学研究科 博士後期課程 鯨 井 清 隆仏教の始祖である釈■が、クシナガラの地で亡くなる際の情景を描いたものを涅槃図という。日本においては平安時代以降に多く制作され、主要な仏教画題の一つとして広く流布していた。特に鎌倉時代以降に盛んに制作されており、現在までに国宝1件、重要文化財にいたっては40件近くが国の文化財として指定されていることからも窺い知られる。本研究では、特に鎌倉時代から南北朝時代に制作された涅槃図を取り上げ、それらの具体的な考察を通して新たな分類法を提示し、今後の涅槃図研究の基盤とすることを目的としている。今回取り上げたのは、涅槃図の中でも特に変相図や仏伝図を画中、ないしは画面の両脇などに描き込む「涅槃変相図(仏伝図を配したものを特に「仏伝涅槃図」とも呼ぶ。)」である。釈■の生涯を絵画化したものを「仏伝図」と呼び、日本では特に八場面を取り上げ並列的に配列した「釈■八相図」がつとに知られている。涅槃図も仏伝図の一種であるが、ここで取り上げる「涅槃変相図」とは、中央に釈■が涅槃に入る場面を描き、その周囲に涅槃にまつわる複数の場面を配置する形式を指す。参照すべき主な経典としては、曇無讖訳の四十巻本『大般涅槃経』や若那跋陀羅訳『大般涅槃経後分』、曇景訳『摩訶摩耶経』などが挙げられる。これらの経典に説かれる内、涅槃の場面を含めた八場面を絵画化したものを「八相涅槃図」と呼び、涅槃変相図の中でも一般的な形式であるといえる。しかし中には、福井・劔神社本のように涅槃図の両脇に仏伝図を描いたものや、広島・浄土寺本のように涅槃図の画面の外に区画を設けて十六場面を描く特異な形式も存在する。この度涅槃変相図の内、岡山・自性院・安養院本と、鹿児島・龍巌寺本を実見する機会を得たので、簡単ではあるがここでご報告させていただく。岡山県 自性院・安養院本自性院・安養院本は、縦173.7、横164.5cm(四副一鋪)の絹本著色の作品で、画面中央に涅槃の場面を描き、その周囲に七場面を描き込む八相涅槃図の中でも代表的な作例である〔図1〕(注1)。全体的に施された金泥や朱など補彩の痕跡は見受けられるが、鎌倉時代後期の制作とみてよいと思われる。中心に描かれる釈■は右手枕で両足首を「ハ」の字形にして寝台に横たわる。その周囲には悲しみに耽る仏弟子・菩■・天部・龍王などが配され、下方には多くの動物が描かれる。寝台の周囲には東西― 156 ―⑭鎌倉時代における涅槃図の展開

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