鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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注⑴自性院・安養院本データた浄土寺本の登場以降にようやくその流行を見る(注13)。そしてⅢ型、Ⅳ型のように説話画を描き加える作例もⅡ型と同じように、浄土寺本をはじめとして鎌倉時代末期以降から南北朝時代にかけてその隆盛を見ることになる。以上のような各形式と初見・流行時代を簡単にまとめると以下のようになろう。Ⅰ型…平安時代(流行は鎌倉時代まで)Ⅱ型…鎌倉時代初期(流行は鎌倉時代後期以降)Ⅲ型・Ⅳ型…鎌倉時代後期(流行は鎌倉時代末期から南北朝時代)このように分類してみると、Ⅰ型からⅢ・Ⅳ型がほぼ時代順に成立していくことに気付く。この時代区分についてはあくまで現存作例から導き出されるものであり、私見の域を出ないが、今後より多くの作例を精査することで更に具体的に位置づけることができよう。以上自性院・安養院本と龍巌寺本を通して、涅槃図の分類に関して試論を提示した。このように数ある涅槃図の遺品を四つの形式に分けることは、画面形式の分類だけに留まらず、形式の需要と時代背景の関係という、仏教美術を研究するうえで重要な問題を提議することに繋がると思われる。JAWS. Seattle Asian Museum. 2007.古谷優子「京都・万寿寺所蔵涅槃変相図について」(口頭発表、九州藝術学会、九州産業大学、2008年7月)形状:絹本著色(四副一鋪)寸法:173.7×164.5cm絹継:右から42.3+40.4+44.2+37.6cm絹目:縦44×横36本(1cm四方)箱書き:「國寶 涅槃像  小田郡神島内村大字神島内浦自性院/安養院」調査日:2011年8月5日⑵叡福寺本の変相図の主題に関しては以下の論考を参照した。①井手誠之輔「叡福寺蔵 佛涅槃図」(『国華』第1263号、2001年1月)② 武田和昭「香川・常徳寺の涅槃変相図について─その成立と長福寺・涅槃図との関係を中心として─」(『佛教藝術』第196号、1991年5月)⑶拙稿「浄土寺本仏涅槃図再考」(『美術史』第171号、2011年11月)⑷Yuko Furuya “The death of the Buddha Shakyamuni and related events owned by Manjyuji, Kyoto” 9th⑸「鎌倉時代における涅槃変相図の展開について─自性院・安養院本と『四座講式』の関連を中心に─」と題して、『佛教藝術』に投稿中。― 162 ―

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