研 究 者:お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 博士後期課程 はじめにー》〔図1〕はマネの晩年の大作とされる作品である。画面前景に果物や酒瓶が並んだバーカウンターが据えられ、そこには鑑賞者の方に正面を向いて立つバーメイドが描かれている。背後は大きな鏡が描かれ、フォリー=ベルジェール内部の様子が映し出されている。画面左上に断片として描かれた空中ブランコ乗りの足、その奥には観客が描かれているが、アトラクションへ注意を払う者はいないかのように見える。この主題が非常に「現代的(注1)」であると指摘したユイスマンスは、バーメイドをこうした中に描いたマネの手法に独創性を見出している。確かに《フォリー=ベルジェールのバー》はバーカウンターに立つバーメイドを前景画面ギリギリまで押し出し、鏡には実際には描かれていない男性が映り込んでいるだけでなく、その反射は不自然で整合性がなく特異な印象を鑑賞者に与える。《フォリー=ベルジェールのバー》の先行研究は数多く存在するが、特に筆者の関心の中心となる「19世紀の消費社会における女性の表象」という観点に近い先行研究としてまずホリス・クレイソンの研究を挙げることができる。クレイソンは第三共和制期の娼婦の表象という文脈において、当時の「女付きブラッスリー」とそれを取り巻く状況から、酒や商品を提供するとともに自らの身体も売る女給の在り方を論じ、労働者階級の女のアイデンティティの両義性を論じている(注2)。またノヴレーン・ロスは、パリジェンヌとしての“カウンターの女”の系譜にマネのバーメイドを位置づけている(注3)。これまで消費社会と女性表象の文脈で《フォリー=ベルジェールのバー》が語られる時、「女給=商品」のコンテクストで論じられる傾向にあった。だが近年のルース・E・イスキンの研究では、消費社会における女性の参入という文脈に作品を位置づけている。イスキンは《フォリー=ベルジェールのバー》で描かれる女性の観客から、近代社会の中における眼差しの変容として、男性の排他的視線の傍らにある女性の視線の存在を見出している(注4)。ただその一方でイスキンはバ1882年、エドゥアール・マネがサロンに出品した《フォリー=ベルジェールのバ― 185 ―■■■■■■■■■■■■井 方 真由子⑰19世紀消費社会における女性のイメージ─エドゥアール・マネの《フォリー=ベルジェールのバー》とカフェ・コンセール主題の作品─
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