加され、その結果ビールジョッキを持つ女給仕が中央に寄ることになった。ここでは舞台手前にオーケストラが描かれ、画面上部がほぼ舞台の空間になっており、客もみな舞台を向いている。中央の女給仕はというと、ビールをやや険しい顔つきで運んでいる。彼女は舞台を観るわけでもなければ客に注意を向けてもいない。また鑑賞者に視線を送ってもおらず画中からはっきり切り離されているわけではないが、とはいえ画面に溶け込んでいるわけでもない。2．カフェ・コンセール主題の作品②2−1．《ビールジョッキを持つ女》《カフェ・コンセールの一角》よりやや小ぶりの《ビールジョッキを持つ女》〔図4〕では舞台の空間は画面左に縮小され舞台を観る客、ビールを運ぶ女給仕が描かれている。《カフェ・コンセールの一角》と比べると、女給仕はどっしりとした存在感をもって描かれ、青いスカーフや巻髪が印象的で血色も良く表情もやや柔らかなものとなっている。《カフェ・コンセールの一角》の女給仕と決定的に異なるのは、彼女が鑑賞者に視線を投げていることにある。《カフェ・コンセールの一角》よりも描かれる対象が絞られたことで女給仕は画中の出来事から乖離することになり、さらに視線を投げていることによって鑑賞者とより強く結びついているかのようである。2−2．《カフェ・コンセール》マネは《カフェ・コンセール》〔図5〕でその他の作品で正面奥に描かれていた舞台を大胆に画面右手前に移すという試みを行っている。舞台の様子が鏡の反射の中に断片として描かれるが、それは整合性が取れず、マネが既に《フォリー＝ベルジェールのバー》と同じ手法をここで取っていることが分かる。そして舞台位置の移動により鑑賞者と画中の客が向かい合う構造が生まれており、ここにも《フォリー＝ベルジェールのバー》を予期させる要素を確認することができる。画面やや奥に描かれた女給仕がビールジョッキを豪快にあおっている姿がこの作品の特徴であるが、ここでもやはり観客とは異なり、舞台に背を向けるように描かれており、舞台や客からは異なる位置にあると言える。また《カフェ・コンセール》では鑑賞者に眼差しを向ける役割は前景左端の女に課せられている。娼婦と考えられるこの女は虚ろな眼差しでタバコを持ち、我々鑑賞者の方へ視線を送ることでより画面の中から浮いた存在として描かれている。― 188 ―
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