3.習作から完成作へ3−1.《“フォリー=ベルジェールのバー”の習作》完成作である《フォリー=ベルジェールのバー》に先立ってマネは《“フォリー=ベルジェールのバー”の習作》〔図9〕を描いている。この段階ではカフェ・コンセール主題の作品で客が座っていたテーブルの代わりに、完成作の特徴となるバーカウンターが描き込まれた。また《カフェ・コンセール》で画面の一部で描かれていた鏡が今度は画面いっぱいに描かれている。鏡が大きく描かれたことで画面が浅い空間となり、バーカウンターは水平の構図を強調する効果を生んでいる。これら二つの要素はさらには絵画の鑑賞者だけでなく、画中のバーメイドと観客を対峙させることになった。カフェ・コンセール主題の作品と大きく異なるのは、それまで見られた女給仕がバーメイドへと移行した点、加えてカフェ・コンセールの舞台や歌手がこの習作の段階で一旦消え、鏡の反射の中でバーメイドとやりとりをする男性を除き、客たちが鏡の中に群衆となって押し込められている点にある。それまでのカフェ・コンセール主題の作品で女給仕がブルネットや深い茶色の髪をしていたのに対し、習作のバーメイドは鮮やかな金髪の巻髪を結い上げている。その服装もエプロンではなく深い色のドレスとなり、「観る」対象として描かれているとも考えられる(注10)。またこれまでの女給仕たちがビールジョッキを運ぶ姿で描かれたのに対し、習作ではカウンターでただ手を組んで待つだけとなり、カフェ・コンセール主題の作品で描かれていたような肉体労働者としての要素は減じられている。3−2.《フォリー=ベルジェールのバー》《“フォリー=ベルジェールのバー”の習作》と比較し、マネは完成作でカウンターを前景に大きく引き寄せ、その上に酒瓶や果物を大きく描いている。同時に鏡も画面の中で手前に引き寄せられた。大きく描かれた鏡の中にはフォリー=ベルジェール内で行われているアトラクションを示唆するものとして空中ブランコ乗りの足が描かれている。だが鏡の中の観客の視線は一定の方向を向いてはいないように見える。バーメイドは習作で身体を右に向けていたが、完成作ではバーカウンターに手をつき鑑賞者と正面から向き合う姿で描かれている。鏡の反射に映り込んだバーメイドと男性は習作のそれよりもずっと右にずれて描かれるようになり、反射の中のバーメイドはカウンターに対してやや前のめりになって描かれている。カフェ・コンセール主題の作品から《フォリー=ベルジェールのバー》完成作までの変遷を再度考えてみると、《レクスオフェン》で大きく描かれていた舞台と歌手は― 189 ―
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