鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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⑴Geniusる。これまでの研究では、larariumの図像と設置場所に関する研究は別々に行われてきたが、本論では二つの視点からの考察を検討し、両者を関係づけることで、今後の研究の視座を提起したいと考える。ポンペイとその周辺地域では159の祭壇が発見されており、そのうち97作例にゲニウス神が表現されている。これら97のうち、10作例ではゲニウス神のみが、26作例では二人のラレス神の間にゲニウスが、40作例ではラレス神と犠牲式の従者と共にゲニウスが、4作例では犠牲式の従者と共にゲニウスが、そして17作例ではもう一人の神と共にゲニウスが表現される(注10)。larariumには主に崇拝の対象となっていたラレスやゲニウスだけではなく、ユピテル、ユノ、ミネルウァ、マルス、メルクリウス、バッカス、ヘラクレス、イシス、ウェスタなども表現され(注11)、様々な神が崇拝されていたことが示されている。2.larariumの図像の構成要素ポンペイにあるlarariumのカタログを1937年に初めて作成したのはボイスである(注12)。オールは1937年以降に発見された作例とヘラクレニウムのものも加えた新たなカタログを1972年に著した(注13)。これらの図像に関して初めて体系的な検討を行い、図像の構成要素について考察を加えたのが1991年のフレエリッヒの論考である。ナポリ考古学博物館に所蔵される壁画(inv. 8905)〔図1〕(注19)は残念ながら発見場所に関してはよく分かっていないものの、壁面に描かれたlarariumとされる。こlarariumには主にゲニウス、ラレス、camillus、フルート奏者、popa、蛇が表現される。これらに関して、主にフレエリッヒの研究を参考とし、それぞれの役割と表現の特徴、構図に関してまとめたい。larariumに表現されたゲニウスはpater familias(家長)の守護神とされる(注14)。フレエリッヒによると、ゲニウスはたいていトガをまとい、ベールを被り、豊穣の角を左手に持つ表現により表わされる(注15)。この表現は前1世紀後半から認められるようになり、ハドリアヌス治世以降には見られなくなる(注16)。前20年頃に制作されたと思われる最初期のゲニウス(注17)は豊穣の角を持たずに表されるが、これに関してフレエリッヒはゲニウスではなく、家の主人を表現していると考える(注18)。― 239 ―

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