身の立場を、修道会との結びつきによって強化する意図があったと考えられる(注9)。カラファ礼拝堂は、受胎のお告げを受ける聖母マリアとドメニコ会の偉大な神学者聖トマス・アクィナスに捧げられ、その壁面には、主に両聖人の逸話が選択された。以下、画面構成と主題を確認する〔図2〕。ブファリーニ礼拝堂壁画と同様、カラファ礼拝堂の各壁面においても、上方のアーチと交差ヴォールトを支えているかのように構想された腰板及び柱の二要素が描かれている。さらに、礼拝堂の四隅に描かれた柱には、古代モチーフを繋いだカンデラブルムが紺地に白色で描かれている。四分割されたヴォールトの各区画には古代の女預言者であるシビュラが登場する。また奥壁の祭壇壁面には、《受胎告知》と《聖母被昇天》がフレスコ画で描かれ、大理石の枠がこの二主題を分割している。右壁面は、コーニスによって上下二段に分けられ、上段のルネッタには聖トマスの奇跡の場面が絵画化されている。また、下段には《聖トマスの勝利》というピサのサンタ・カテリーナ聖堂の板絵〔図8〕を嚆矢とする伝統的な主題が選択された。対する左壁面には、現在、カラファ枢機卿の甥、教皇パウルス4世の墓碑が聳えているが、壁画制作当時は美徳と悪徳が争う図像が描かれていた。さて、2008年にラ・マルファが論じたように、ブファリーニ礼拝堂壁画は、盛期ルネサンスにラファエッロをはじめとした壁面装飾事業で全面的に開花する三要素─古代のモチーフを模した腰板、壁面に描かれた建築要素が作り出す空間的統一性及び建築要素を飾る古代風装飾─が既に実現された最初期の作例である(注10)。そしてラ・マルファの論考において、フィリッピーノが制作したカラファ礼拝堂壁画は、ブファリーニ礼拝堂壁画でピントリッキオが示した三要素を最も早く取り入れた作例として言及されるのである。ブファリーニ礼拝堂壁画の建築要素に注目する姿勢は、1963年に礼拝堂壁画の絵画空間と現実世界との相互関係について論じたサンドストロームの論考に端を発する(注11)。つまりサンドストロームが、ブファリーニ礼拝堂壁画において実現されたイリュージョニズム(描かれた建築構造を用いた空間的統一性)の歴史的意義を喚起して以降、レイヴィンらによってブファリーニ壁画とカラファ壁画との、描かれた建築構造とその装飾、換言すれば、物語場面を規定する枠組みにおける関連性が繰り返し言及されてきたのである(注12)。さらに近年、フィリッピーノは、カラファ礼拝堂の祭壇壁面と側壁面のルネッタにおいて、物語場面を構想する際にもブファリーニ礼拝堂壁画を参照していると考えられることが提言された― 260 ―
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