鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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結いるように、彼らは皆「三位一体」に反する思想の持ち主である。そのうち、画面左の群集の右端に立つ髭のある男性像は、キリストの神性を否定し異端とされたアレイオスで、画面右の群集の左端に立つ男性は、神のみが唯一の位格であると主張して異端とされたサベリウスである(注27)。また、「三位一体」に関するこの二名の思想の問題点は、彼らの足下に散乱する本に書かれた銘文によっても明白に示されている(注28)。従来、ここに描かれた異端者たちは、聖トマス・アクィナスの著書『対異教徒大全』に記述される異教徒たちと関連付けられてきた(注29)。しかし、トマス思想の系譜を視覚化するはずの《勝利》の図像が、トマスの前で「三位一体」を是認しなかった異端者たちを非難する主題へと変化した理由に関しては、しかるべき説明がなされてこなかった。カラファ礼拝堂壁画の《トマスの勝利》の主題は、ブファリーニ礼拝堂の《ベルナルディーノの隠遁》と共に理解するべきであろう。すなわち、ベルナルディーノの正統性を主張する《隠遁》の主題は、ドメニコ会士たちに対しては、彼のユダヤ的思想への傾倒─イエスの神性を認めぬ「三位一体」に反した思想─を想起させた。そして、《隠遁》に対するドメニコ会側の応答として、カラファ礼拝堂の《トマスの勝利》では、アヴェロエスの代わりにアレイオスとサベリウスほかを描き込むことで、「三位一体」に異を唱えた者は歴史的に異端者と断罪されてきたし、現在でもそうあるべきだという意見表明が行われているのである。カラファ礼拝堂の観者として想定されていたのはフランチェスコ会士たちではなかった。それは、第一にドメニコ会士たち、第二に主祭壇でのミサに出席する教皇、高位聖職者及び世俗の権力者であったと考えられる。15世紀のミネルヴァ聖堂には交差部の手前に聖歌隊席があり、その入口側付近に設けられたルードスクリーンが聖堂を二分していた(注30)。よって、カラファ礼拝堂壁画がある右翼廊は、一般信者が立ち入ることのできない区域だったと考えられるのである。本稿冒頭で言及した様に、カラファ枢機卿はドメニコ会保護枢機卿として、その托鉢修道会と密接な関係を築き、教皇庁内での自身の立場を安定させようと試みていた。そして、フランチェスコ会が所有するブファリーニ礼拝堂に対抗しうる壁画として、故意にそれに類似したカラファ礼拝堂壁画をミネルヴァ聖堂に制作させることで、ドメニコ会士たちのフランチェスコ会に対する競合意識に応えたのである(注― 265 ―

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