研 究 者:熊本県立美術館 学芸員 金 子 岳 史1、現存品の紹介と概要「騎馬図巻」または「調馬図巻」とよばれる、騎馬人物や馬を牽く人物が、背景のないところで描かれた画巻が数点現存している。また、同類の図巻であったと考えられる断簡も、国内外に散在し、さらに「探幽縮図」に模写されたもの、あるいは近代の模本も現存している。筆者は以前、絵巻物の行列場面における随身と暴れ馬の表現と、《随身庭騎絵巻》(大倉集古館蔵)について論じ、暴れ馬を操る随身の姿が上級貴族の賞玩の対象であり、それが武家的な変容を経て「厩図屏風」につながる可能性を述べた。そして、《随身庭騎絵巻》のような貴族社会における騎馬人物を鑑賞する絵画から、「厩図屏風」をはじめとする、近世初期において武家社会において受容された馬を主題とする障屏画をつなぐ役割が、この「騎馬図巻」にあるのではないかと指摘した(注1)。こういった画巻(本稿ではこの種の騎馬人物図の画巻の総称を、以下「騎馬図巻」とする)で現存最古のものと思われるのが、馬の博物館所蔵のものであり、同館の展覧会図録の解説によると、13世紀後半から14世紀前半の作とされている〔図1〕(注2)。また、宮次男氏が紹介した、土佐広周筆と伝えられる、15世紀の作とされるフリア美術館本《調馬図巻》があり、中世に遡るまとまった画巻形式のものはこの2点である(注3)。また、『国華』131号に紹介された《捉馬図》は、同様の図像がフリア本にみられることから、「騎馬図巻」の一種と考えられる〔図2〕(注4)。掲載図版は木版印刷なので、原本がどのようなものか判らないが、馬の博物館本と同様に土佐長隆筆の伝承があることから、馬の博物館本と関連の深いものかもしれない。さらに断簡のものを挙げると、ケルン東洋美術館に所蔵される2点と、東京文化財研究所の写真資料の中に見られる個人蔵のものがある(注5)。以上は、これまで宮次男氏、榊原悟氏、原口志津子氏による先行研究で紹介されたものであるが、このほかにも図版等で紹介されているものとして、以下の作例があげられる。まず、ギメ東洋美術館に所蔵される、馬が人の腕に噛み付く図が、『秘蔵日本美術大観』に掲載されている。図版解説では、江戸時代初期の作とされる。さらに、東京藝術大学本の《探幽縮図》には、「屏風おしゑ」として7図の騎馬人物図と、2図の― 273 ― 「騎馬図巻」の図像学的考察
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