鹿島美術研究 年報第29号別冊(2012)
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注⑴スペイン・ギャラリーについては以下を参照。Paul Guinard, Dauzats et Blanchard : peintres del'Espagne romantique, Presses Universitaires de France, Paris, 1967; Ilse Hempel Lipschutz, SpanishPainting and the French Romantics, Cambridge, Massachusetts, 1972; Jeannine Baticle et CristinaMarinas, La galerie espagnole de Louis-Philippe au Louvre 1838−1848, Éditions de la Réunion desmusées nationaux, Paris, 1981; Alisa Luxenberg, The Galerie Espagnole and the Museo Nacional 1835−故郷となったスペイン芸術に対する知的関心もあるだろうが、ルイ・フィリップと同様に彼のスペインに対する政治的野心もなかったとは言えないであろう。100年に満たない間のスルバランの《受胎告知》、《羊飼いの礼拝》、《東方三博士の礼拝》、《割礼》の変遷を見ていくと、いつの時代も芸術品は政治の道具となりうるという1つの例を示していることが言えるであろう。「スペイン・ギャラリー」を研究するにあたって、今日グルノーブル美術館が所蔵する「キリストの降誕」にまつわるスルバランの4点の絵画─《受胎告知》、《羊飼いの礼拝》、《東方三博士の礼拝》、《割礼》─は、私にとって以前から興味深い作品であった。作品取得の経緯について、グルノーブル美術館に出向き、Denis Arino氏にお話を伺った。1901年にグルノーブルの名士であるベリエ将軍から寄贈されたということである。グルノーブルの周辺にあるシャルトルーズ修道院(注12)はカルトジオ会の総本山である。そもそもスルバランに制作依頼したのは、ヘレス・デ・ラフロンテーラのカルトジオ会修道院であり、したがって、カルトジオ会の創設者聖ブルーノを主題とした作品等カルトジオ会関連の絵画をスルバランは他にも描いている。この調査の出発は、もともとスペインのカルトジオ会の祭壇画であったスルバランの作品が、偶然にもグルノーブルにあるということが気になったからである。関連性については、調査の中で、購入者であるベリエ将軍が、1901年、偶然パリの画商のところでこの4点の絵画に出会い、購入の運びとなったというのが、真相である。現在、グルノーブル美術館の代表的な作品となっているスルバランの4点の絵画は、1901年の時点で、ルーヴル美術館でも購入が検討されていた。ベリエ将軍も画商からそのことを聞いていたので、それほどの作品であるなら…とさらに購入への意欲を燃やしたことが窺える。彼はもともと芸術に造詣の深い美術愛好家であり、自分の故郷のグルノーブル美術館にこのスルバランの傑作を飾りたいという強い思いはあったであろう。それと同時に彼の購入の動機として、スルバランの大作が、もとはスペインのカルトジオ会修道院の祭壇画のシリーズの中の4点ということが彼の意識の中にあったのではないかというのは、あくまでも私の想像に過ぎないが、可能性はあるだろう(注13)。― 302 ―

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