細くて濃いものもある。こうした輪郭を取るものは、総じて全体の色調も濃く見える。これらの差について編年として考えるならば、時を経るに従ってたらし込みが際立つようになり、次第に芳中の様式として確立していったと考えることも可能となる(注7)。たらし込みの具合で考えるならば、EやDよりCやBの方が後の作となり、Aが最晩年という解釈になるが、これについてはひとつの仮説として後で述べることとする。落款・印章について扇面画で用いられる印については、主だったものとして、印文不明朱文方印と「芳」朱文円印の2種があげられる。今回の調査の結果として、芳中作品にはこの印文不明の方印が用いられているものが最も多かった。この印は芳中の作例全般にみられるもので、「達々」号の俳画などにも用いられている〔図1〕。実見した作品に押されたこの印については、作品により一辺の寸法に1mmほどの差はあったが(2.6〜2.7cm)、実際には印泥の厚みによる不鮮明さによって、その差は明確とは言い難い状況であった。印朱の色についても大きな差はないが、これらがすべて単一の印によるものかの判断は難しい。「芳」朱文円印を用いている作例については、偏りがあった。今回のB・Cグループに最も多く見られることから、何か意図されて使い分けがなされていたとも推察されよう。またある特定の時期によく使われたとも考えられる。円印を用いている点は、琳派を意識している証ともいえよう。その他、大英博物館蔵《四季草花図屏風》でも用いられている印文不明長方印を持つもの〔図2〕や、「芳」の字が大きいタイプの朱文円印などもみられる〔図3〕。また今回は、Iのグループで一括りにしているが、いわゆる琳派風の草花図とは趣を異にするものには、「芳中」朱文長方印などが用いられており、AからHとは異なる画風に合わせて印の使い分けが行われていた様子がわかる。署名については、Aタイプの場合は、画風の調子に合わせて淡く太い字で「中」の字を大きく書くものが見られ、運筆のなめらかな書体といえる。さらに細かい部分では、「画之」の最後の一画の伸び方などに扇面により違いが表れていることがある。またこれとは別に、比較的頻繁に目にするのがDタイプであり、「芳」の字に独特の打ち込みや反りがみられるもので、墨の色もやや濃い。このパターンは「芳中冩之」と書かれることが多く、明らかにAやBの書き様とは異なり、絵の印象も少なからず異なっている。― 356 ―
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