『光琳画譜』と「光琳風」の扇面画こうした落款・印章の違いは単純に年代別と捉えるだけでなく、画風によって使い分けが行われていた点を考慮しなければならない。モティーフについて芳中筆とされる扇面画のモティーフは、大多数を草花が占めている。最も多い19面あった梅のほか、椿(12面)、松(11面)、菊(9面)、楓(9面)などが多く、どれも単純化した丸味のある形体が特徴である。特に梅は扇面以外でもよく描いており、人気も高かったのであろう。構図はさまざまであり、変化をつけながら描いている。また琳派を想起させる芥子や燕子花、立葵なども描いている。ユーモラスな姿で表わされる蒲公英や百合〔図4①〜④〕(注8)、水仙、藪萱草なども複数面存在するが、これらはほぼ同じ図様で描かれている。基本的には背景を描かずに単一のモティーフを配置することが多いが、2つのモティーフを組み合わせたものや、中には水流や波を描いたものも見出せ、これらは画面左側に弧を描くように水の流れを表したものが多い。特に出光美術館の屏風に貼られる扇面では、波や水流などをさまざまなパターンで描き分けており、その水の画面上の効果は大きい。また岩や土坡を描いて地面を表すものや、垣や蛇籠を草花に合わせたものもある。芳中の代表作『光琳画譜』は、色摺絵本で乾・坤2冊、全25図から成る(注9)。享和2年(1802)、江戸滞在時に近江屋與平衛を版元として刊行された。序文は国学者で歌人の加藤千蔭、跋文は江戸千家の祖であり、俳人としても知られた川上不白が寄せている。年紀のある琳派的作品として、扇面画の比較対象とするのは有効であるといえよう。例えば梅について、『光琳画譜』と比べて扇面では花を円に近い形までデフォルメしているほか、枝が折れたような構図をもつ『光琳画譜』に対して、扇面では画面を斜めに横断する幹や、N字を描くような枝ぶりが見られる。ほか、扇面の菊図は花の輪郭を円で表し、黄や紅、白など二種の色で彩色している点で、『光琳画譜』を踏襲したものといえる。鶏頭は『光琳画譜』の図様とほぼ同じに描き、扇面に多い蒲公英は、茎をくねらせる『光琳画譜』の姿を受けている。芙蓉、立葵、朝顔、富士、波に千鳥(注10)、鳩、大原女、渡船も同じ図様やこれに似た姿で扇面に描かれている。以上のことから、『光琳画譜』を芳中による光琳風のある一定の成果として捉える― 357 ―
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